敵ノ防衛線ヲ突破セヨ(七)

 臨戦待機中のサクナ准尉、アイ准尉、ナナミ准尉、そして私に対する出撃命令は、第七艦隊戦術長ソウタ中佐から発せられた。


 艦内電話を受け取った私はいつものように対地攻撃を加えていたユリエ少尉の隊が天使と接敵したのかと思ったけれど、そうではなかった。

 私達が向かったのは塹壕ざんごう戦の舞台ではなく海上、ナナイケ沖一〇〇キロメートル。本国からの輸送艦が天使と敵航空機の攻撃を受けて撃沈されたというのだ。


 急ぎ発艦した四人の魔女の顔には、蓄積された疲労の上に不安が塗り重ねられていた。輸送航路上の制空権はナナイケ基地航空隊が確保していたはずだが、それが果たせなくなるほど戦力が低下しているのだろうか。

『魔女の森』で同期だった二人が気にかかる。負傷したエリカ准尉は無事に後送されただろうか、アオイ准尉はまだ戦闘可能な状態なのか――――




 一四二〇ヒトヨンフタマル時、当該海域に到着。


 既に敵機の姿はなく、ナナイケ基地航空隊の魔女が周囲を警戒する中、輸送艦に随伴していたであろう駆逐艦二隻が救助に当たっている。

 私達は航空隊の魔女らと合流、周辺空域を警戒するとともに要救助者の捜索に当たった。程なく木片にしがみついて手を振る二人の兵士を発見して高度を下げていく。


「要救助者発見、応援を求めます」


 飛行ユニットの発光部を点滅させつつ近距離通信にて応援要請。だが一騎当千の魔女とはいえ私自身は非力なただの少女であって、成人男性を持ち上げることなどできない。近くにあった木箱を運んでしがみつかせ、声をかけて負傷者を落ち着かせるのが精々せいぜいだ。


「もう大丈夫ですよ。救援要請をしましたからね」


 だが二人の兵士はがちがちと歯を鳴らして震えるばかり。真冬のイナ州で海水に浸かっているのだから、ものの数分で体温が失われてしまう。


「ウェリエル、保護皮膜プロテクションフィルム展開」


保護皮膜プロテクションフィルムを展開します』


 このままでは危険と見た私は少し迷ったけれど、思い切って真冬の海に着水。すぐに痺れるような寒気が全身を襲ったが、耐えられないほどではない。そのまま二人の兵士を両手に抱えるようにして自分にしがみつかせる。

 このように非常時において身体を保護・保温する保護皮膜プロテクションフィルムは魔女自身を守ってくれるけれど、この人達はそうではない。少しでも体温を分け与えようと背中を擦り、手を握って救助を待った。


「ミサキ? 待たせてごめん」


 上空から届いた嗄声ハスキーボイスに聞き覚えがある。針金のような細長い体つきも、男の子のような短い茶髪も。救命ボートを案内してきてくれたのはアオイ准尉、『魔女の森』の同期だった。


「アオイちゃん、無事で良かった。戦況はどう?」


「見たまんまだよ。私もこの通り」


 負傷者をボートに乗せて一息ついた私達は久々に言葉を交わしたけれど、彼女が広げた黒い翼はところどころ穴が開き、その向こうに灰色の空が覗いている。損傷率四〇パーセントといったところか、やはり私達と同じようにナナイケ航空隊も修復が追い付いていないようだ。


 バイクの後ろに乗せてもらったこと、キャンプに行った先で大雨に降られたこと、魔女となるべく共に学んだ頃の懐かしさが込み上げてくるけれど、今は昔話をしている場合ではない。手短かに要救助者の情報を交換したのみで旧友と別れ、私は再び周囲の警戒に移った。




「ソロネ、食べないの?」


「うん」


 その日の夕食を、ソロネは受け取らなかった。戦艦クラマの食堂で夕食を摂る私の向かいに座って水だけを飲んでいる。


「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。ソロネはまだ小さいんだから」


「うん、でも、おなかすいてないから……」


 悪魔であるソロネはこの小さな体のどこに入るのかと思うくらい良く食べるのだけれど、こうしてぴたりと何も食べなくなることがある。人間と体の構造が違うのは確かだけれど、見た目の年齢よりもずっとさといこの子のことだ。輸送船が襲われて物資が届かなかったことの意味を彼女なりに察しているのかもしれない。




 実際のところ、輸送艦一隻分の物資が戦況に与える影響はそう大きくない。

 だが輸送艦一隻撃沈、という事実は限りなく重い。それはナナイケ基地航空隊の戦力低下が深刻であること、今後の物資輸送が困難になったことを表しているからだ。


 これまでは輸送艦が頻繁に往来し、武器、弾薬、食料その他の物資をとどこおりなく本国から受け取ることができていた。それが途切れたとあれば皇国軍の攻勢は限界に達し、それどころか反撃をこうむることになるだろう。

しょう作戦』の第三段階は、試練に直面しつつある。



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