敵ノ防衛線ヲ突破セヨ(六)
二月一四日、午後。
『男子禁制』のマグネットプレートが貼られた扉の奥、三魔戦の更衣室兼待機室では、うら若き乙女達が思い思いの格好で泥のように眠っている。
サクナ准尉、ナナミ准尉、アイ准尉と私がそれで、手短かにシャワーを浴びただけの髪は八方に乱れているし、靴下や
そのロクエモンは客椅子に座ってテレビジョンを見る私の膝の上で丸くなっている。やけに横に細長い画面に映し出されているのは古い時代のガリア合衆国映画、有名だけれどアクション要素もコメディ要素もない恋愛ものなので、ここにソロネがいたとしても興味を引くことはないだろう。
電波というものがほとんど用を為さない現在、テレビジョンの映像は地下に張り巡らされた有線ケーブルで配信されているのだが、洋上にあるこの戦艦クラマでそれを受信する
目の前のテーブルの上には様々な形をした色とりどりのチョコレート、その表面を飾っていたであろうお
一般的に言って、魔女はもてる。男性が大半を占める軍隊の中にうら若い女性が混じるのだから兵士からは特別視されるし、可憐な乙女が銃を握って酷薄な天使に
まあ実態はこれなんだけど、と横を見れば、客椅子からずり落ちたナナミ准尉が盛大にお股をおっぴろげたまま眠りこけている。テレビジョン側から見れば
「ごめんね、こっちおいで」
膝掛けを奪われたことに抗議の
疲れているはずなのになんだか眠れないのはナナミちゃんのいびきのせいではないと思う、また出撃があるのではないかと気が
私達三魔戦はこの一ヵ月間、ほとんど休みなく出撃を繰り返してきた。
Nil-24攻撃ヘリコプター、T-3中戦車、BNP-1歩兵戦闘車、ルルジア軍の様々な装備に対して目覚ましい戦果を挙げ、天使が出現すれば待機中の魔女に援護を要請してこれに当たった。その甲斐あって一月中旬から始まった皇国軍の全面攻勢は戦線を五〇キロメートルほども押し上げ、晴れた日には上空から作戦目標であるザリュウガク城塞を望むことができる地点にまで到達した。
だがその代償は――――本国からの増援を含めた兵員一九〇〇名余と戦車を始めとする車両二五〇台余の損失、そして将兵の疲弊。
常に最前線にあり対地・対空戦闘に駆け回った三魔戦の消耗は特に激しく、コナ准尉が負傷離脱。もちろん彼女だけでなく、飛行に支障はないものの治療を要する負傷を負った者は何人もいる。
各自の飛行ユニットは軒並み損傷しており、予備の
それどころか直接天使と制空権を争っているナナイケ基地航空隊の魔女と戦闘機はさらに損耗が酷く、全体の二割弱に及ぶ未帰還者及び離脱者を出して壊滅寸前の有様だと聞く。
地上に目を向ければ連日の攻勢は敵の防衛線に阻まれ、冬の大地に鋼の残骸を残すばかり。しかも最前線の敵兵の二割ほどは同胞たるマヤ皇国人を徴発したものであることが明らかになっており、多少の損害を与えたところでルルジア軍にとっては何ら
もちろん彼らとて望んで戦闘に参加しているわけではないが、
とても人間が考えつくものとは思えない
いつしか映画が終わっていたのだろう、テレビジョンの画面にマヤ皇国首相タロー・タモザワが大写しにされた。どうやら不透明な政治資金の流れについて説明を求められているようだ。
「えー、ですから再三申し上げておりますように、私としては事態の究明に全力を尽くすとともに、党内の綱紀の粛正に努めて参りたいと考えております」
「企業献金の授受が発覚した議員に対しての処罰についてはどうお考えですか?」
「えー、ですからまずは事態の究明に……」
いかにも苦しい答弁。昨年秋のフェリペ諸島海域奪還により二八パーセントから五一パーセントにまで急上昇した内閣支持率はその後、政治資金問題、大企業への補助金ばら撒き、閣僚の相次ぐ失言によって二五パーセントにまで急落している。
これを受けて戦艦クラマの兵士の間で
まさかとは思う、思うけれど、私は直接あの人に招かれ、実際にソロネと共に政治利用されたのだ。あの『悪代官』ならやりかねないという思いがどうしても頭に残ってしまう。
私達ばかりではない。仲間の
「ついては事態の把握に努め、国民の皆様には丁寧に説明致しますことを……」
深刻な事態の割に眠そうな顔と声で同じ言葉を繰り返す悪代官。あまりの中身の無さに眠気がさしてようやく目を閉じた私だったが、警報と同時に鳴り響く艦内電話で完全に覚醒。魔女達に与えられた休息は僅か六〇分余りで終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます