敵ノ防衛線ヲ突破セヨ(六)

 二月一四日、午後。


『男子禁制』のマグネットプレートが貼られた扉の奥、三魔戦の更衣室兼待機室では、うら若き乙女達が思い思いの格好で泥のように眠っている。


 サクナ准尉、ナナミ准尉、アイ准尉と私がそれで、手短かにシャワーを浴びただけの髪は八方に乱れているし、靴下や内衣インナーなどが脱ぎ散らかされていてとても殿方には見せられない姿なのだけれど、この部屋に黒猫ロクエモン以外のオスが侵入することは固く禁じられている。


 そのロクエモンは客椅子に座ってテレビジョンを見る私の膝の上で丸くなっている。やけに横に細長い画面に映し出されているのは古い時代のガリア合衆国映画、有名だけれどアクション要素もコメディ要素もない恋愛ものなので、ここにソロネがいたとしても興味を引くことはないだろう。

 電波というものがほとんど用を為さない現在、テレビジョンの映像は地下に張り巡らされた有線ケーブルで配信されているのだが、洋上にあるこの戦艦クラマでそれを受信するすべは無い。この映像は国内で放送されたものを一度記録媒体に保存し、郵便船で運ばれてきたそれを再生しているもので、実際に放送されたのは一日から三日前といったところだ。


 目の前のテーブルの上には様々な形をした色とりどりのチョコレート、その表面を飾っていたであろうお洒落しゃれな包装紙や箱はごみ箱から溢れている。女性が思い人にチョコレートを贈るというのは旧世紀から続く慣習だと聞いたけれど、女子校のごとき女ばかりの戦隊では浮いた話もなく、単なるお菓子の交換会と化していた。




 一般的に言って、魔女はる。男性が大半を占める軍隊の中にうら若い女性が混じるのだから兵士からは特別視されるし、可憐な乙女が銃を握って酷薄な天使にあらがうという軍のイメージ戦略のおかげもあって国民からの人気も高い。余計な混乱や事故を招かぬよう、一般からの手紙や贈り物プレゼントの類は全面禁止とされているほどだ。


 まあ実態はなんだけど、と横を見れば、客椅子からずり落ちたナナミ准尉が盛大にお股をおっぴろげたまま眠りこけている。テレビジョン側から見れば航空黒衣フライトローブの中身が丸見えだろう、私はロクエモンを持ち上げて膝掛けを外し、むき出しになっているナナミ准尉の太腿のあたりに被せた。


「ごめんね、こっちおいで」


 膝掛けを奪われたことに抗議の眼差まなざしを向けるロクエモンを再び太腿の上に戻し、目をこすりつつチャンネルを切り替える。テレビジョンの中では綺麗な女優さんがサスペンスドラマの役を演じているけれど、お話がまるで頭に入ってこない。

 疲れているはずなのになんだか眠れないのはナナミちゃんののせいではないと思う、また出撃があるのではないかと気がたかぶっているのだ。




 私達三魔戦はこの一ヵ月間、ほとんど休みなく出撃を繰り返してきた。


 Nil-24攻撃ヘリコプター、T-3中戦車、BNP-1歩兵戦闘車、ルルジア軍の様々な装備に対して目覚ましい戦果を挙げ、天使が出現すれば待機中の魔女に援護を要請してこれに当たった。その甲斐あって一月中旬から始まった皇国軍の全面攻勢は戦線を五〇キロメートルほども押し上げ、晴れた日には上空から作戦目標であるザリュウガク城塞を望むことができる地点にまで到達した。


 だがその代償は――――本国からの増援を含めた兵員一九〇〇名余と戦車を始めとする車両二五〇台余の損失、そして将兵の疲弊。


 常に最前線にあり対地・対空戦闘に駆け回った三魔戦の消耗は特に激しく、コナ准尉が負傷離脱。もちろん彼女だけでなく、飛行に支障はないものの治療を要する負傷を負った者は何人もいる。

 各自の飛行ユニットは軒並み損傷しており、予備のゼロ式ユニット二機を使い回してさえ魔力回復も翼部の修復もまるで追いつかない。特殊ユニットであるウェリエルも例外ではなく、出撃時の魔力残量は六割がいいところだ。

 それどころか直接天使と制空権を争っているナナイケ基地航空隊の魔女と戦闘機はさらに損耗が酷く、全体の二割弱に及ぶ未帰還者及び離脱者を出して壊滅寸前の有様だと聞く。


 地上に目を向ければ連日の攻勢は敵の防衛線に阻まれ、冬の大地に鋼の残骸を残すばかり。しかも最前線の敵兵の二割ほどは同胞たるマヤ皇国人を徴発したものであることが明らかになっており、多少の損害を与えたところでルルジア軍にとっては何ら痛痒つうようを感じない。

 もちろん彼らとて望んで戦闘に参加しているわけではないが、督戦とくせん隊、つまり逃げる味方を射殺するという部隊の銃口が常に背中に向けられているために逃亡すら許されない。それどころかろくな装備も持たずに味方の弾避けになるというのが役目だというのだから、どちらを向いても救われない。

 とても人間が考えつくものとは思えないおぞましい部隊、さらにその後方には天使が控えているのだから、敵防衛線の突破は絶望的と言わざるを得ない。それでもなお陸上軍司令官ガイ・テラダ中将が攻撃を命じるのは――――




 いつしか映画が終わっていたのだろう、テレビジョンの画面にマヤ皇国首相タロー・タモザワが大写しにされた。どうやら不透明な政治資金の流れについて説明を求められているようだ。


「えー、ですから再三申し上げておりますように、私としては事態の究明に全力を尽くすとともに、党内の綱紀の粛正に努めて参りたいと考えております」


「企業献金の授受が発覚した議員に対しての処罰についてはどうお考えですか?」


「えー、ですからまずは事態の究明に……」


 いかにも苦しい答弁。昨年秋のフェリペ諸島海域奪還により二八パーセントから五一パーセントにまで急上昇した内閣支持率はその後、政治資金問題、大企業への補助金ばら撒き、閣僚の相次ぐ失言によって二五パーセントにまで急落している。


 これを受けて戦艦クラマの兵士の間でささやかれているのは、春に行われる総選挙の前に何としても戦果を上げて支持率を回復させたいのではないかという噂だ。

 まさかとは思う、思うけれど、私は直接あの人に招かれ、実際にソロネと共に政治利用されたのだ。あの『悪代官』ならやりかねないという思いがどうしても頭に残ってしまう。


 私達ばかりではない。仲間のしかばねを積み上げた末に得られるものが内閣支持率の上昇というのでは、真冬のイナ州で突撃を敢行する兵士はたまったものではない。噂の真偽はともかく実際に皇国軍の士気は低下、攻勢を維持できなくなりつつあるのだ。


「ついては事態の把握に努め、国民の皆様には丁寧に説明致しますことを……」


 深刻な事態の割に眠そうな顔と声で同じ言葉を繰り返す悪代官。あまりの中身の無さに眠気がさしてようやく目を閉じた私だったが、警報と同時に鳴り響く艦内電話で完全に覚醒。魔女達に与えられた休息は僅か六〇分余りで終わりを告げた。

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