ヴィラ島沖海戦(四)

 聖歴一〇八年九月三〇日。この日の戦闘ではシエナ艦隊に対して航空優勢を確保したものの、日没のため戦闘を中断し艦載機の収容を優先。巡洋艦ヨウテイ以下の高速艦艇で追撃に移ったが、必死の防戦に遭い損害を与えるには至らなかった。

 こちらの損害は航空母艦カデクル搭載の一式艦上戦闘機、四十機中四機が未帰還。アンシャン搭載の艦載機にはこれに数倍する損害を与えたものの、遠く母国を離れたこちらにその穴を埋める手段は無い。


 翌一〇月一日、改めて追撃を行うも暴風雨に遭いこれを断念。敵艦隊は拠点とするヴィラ泊地はくちに向かうと推定された。ヴィラ泊地はくちには小規模ながら滑走路があるため、基地航空隊と協力して防衛に当たるものと思われる。つまり私達としては追撃が不発に終わり、敵に立ち直る時間を与えてしまったことになる。




 私がある事実を思い出したのは日付と月をまたぎ、朝からの暴風雨でクラマの船体が揺れだしてからのことだ。戦艦サイズの艦でこの揺れなのだから、駆逐艦の中の様子は想像したくもない。


『敵機の撃墜を確認。飛行ユニット【ウェリエル】が第八位階に昇格しました』


 敵の爆撃機を撃墜した際、戦闘用AIから発せられたその音声を聞いてはいた。だが直後ウェリエルの仇サリエルと遭遇し被弾、帰投してからもすっかり失念していたのだ。


 位階が一つ上昇するごとに魔力が五十パーセント増加するというのだからもちろん喜ばしい、問題はその使い道だ。武装をより火力の高いものに変更するか、物理障壁フィジカルコートの強度を強化するか、推進力を増強するか、それとも何もせずにより長い継戦能力と航続距離を得るか。この旨をユリエ少尉に報告したところ「おめでとう。ミサキちゃんの好きに使っていいわよ」という反応だったので、とりあえず私はウェリエルの元に向かうことにした。




 ウェリエルが眠っているのは戦艦クラマ後部、飛行甲板直下の格納庫。まず私はその隣にある三魔戦の更衣室兼待機室、扉にハートマークの『男子禁制』というマグネットプレートが貼りつけてある部屋に入った。まず目に飛び込んできたのはパンツにスポーツブラというだらしない姿で仰向けに転がって携帯ゲーム機を握るカンナ少尉。


「うあ! ミサキかあ、びっくりしたあ」


「やましい事があるからでしょ?」


 びっくりしたと言う割にはそのままゲームを続けるカンナちゃんのお腹を軽く踏みつけて、奥にある自分のロッカーへ。


「くえっ!」


 変な鳥のような鳴き声を上げるカンナちゃんを無視してロッカーの扉を開けつつ、隅っこの椅子に座っておとなしく本を読むミレイ准尉に声をかける。


「ミレイちゃん、この子と一緒で大変でしょ?」


「あ、いえ、頼りにしています……」


 この二人は今日午前の緊急出撃スクランブル当番であり、艦橋からの命令があれば真っ先に飛行ユニットを駆って出撃する役目なのだ。黒衣ローブ眼鏡ゴーグルも軍用ブーツも脱ぎ散らかして寝転がっていて良いわけがない。


「こんな嵐の日に出撃なんてするわけないじゃん。ミサキこそ何しに来たのさ?」


「ウェリエルが昇格したから、武装の見直し」


「へえ! ミサキの撃墜数スコアはいくつだっけ?」


「四機だよ」


「まじ!? たった四機で昇格なんてアリ!?」


 そう。汎用はんよう飛行ユニットとは違い、ウェリエルのように悪魔の亡骸なきがらを素材とする特殊飛行ユニットは多くの天使を葬れば昇格することがあるのだが、第九位階から第八位階になるには大抵十機から十五機の撃墜が必要と聞いていた。私の撃墜数は昨日の爆撃機でようやく通算四機、これは例外的に早いのだろう。


「うん。AIが言ってたんだから間違いないと思うけど、どんな武装にすればいいのかな?」


「知らなーい。ボクのは汎用はんようユニットだから、昇格なんてしないもんね。適当でいいんじゃない?」




 天才撃墜王エースの適当すぎる返事を背中に受けつつ作業服に着替え、格納庫の一角へ。『12』と大きく表示された扉の中央にある生体認証部に右手をかざすと小さな電子音が鳴り、扉が横にスライド。現れたのは左右に折りたたんだ暗灰色の翼を有する黒いランドセル。


「おはよう、ウェリエル。調子はどう?」


『翼部損傷三カ所、自己修復完了まで約四十時間。魔力回復まで三十五時間と推定』


「ウェリエル、昇格おめでとう。あなたはどんな武装にしたい?」


『直近に装着した武装ユニットは七・七ミリ連装魔銃、二〇ミリ魔銃、二〇〇〇ミリ魔剣サーベル


 現在の私の武装は標準タイプの一例とされている。消費魔力が少なく威力に乏しい七・七ミリ魔銃を二連装にすることで火力不足を補い、防御力に優れた敵に対しては大火力の二〇ミリ魔銃、接近戦では魔剣サーベルを使用する。未熟な魔女でも様々な状況に対応できるようにと考えられたものだ。


 大抵の魔女はこれを基本に、得意とする戦術によって各自で改造カスタマイズしている。例えば射撃が得意なコナ准尉は狙撃手スナイパータイプの長銃身ロングバレル十二・七ミリ魔銃一門だけを使用しているし、弾使いの荒いユリエ少尉は連射性能を若干抑えた七・七ミリ連装魔銃を愛用している。


「ううん、どうしようかなあ」


 もちろん嬉しい、ソロネを守るための大きな力になるだろう。でもこの程度では……


 第五位階【力天使ヴァーチェ】サリエル、あいつには全くかなう気がしない。

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