第58話 けじめツアー 1

「――わああああサンキュー琉くん~!! 書類助かる~!!」


 そんなわけで、僕は里音さんに忘れ物の書類を届けにやってきた。

 里音さんの会社は都内にある音楽事務所だ。そこで企画部の部長という役職に就きながら色々ディレクションしているのが里音さんである。

 でも今日の仕事場はその会社ではなく、某野外フェスの会場だった。


 8月に入って色々イベント事も多くなる時期だけど、里音さんの会社でも近々デカいフェスをやるらしい。

 で、里音さんはその設営に深く携わっているようだ。

 今回僕に持ってこさせたのはその設営に関わるなんらかの書類みたいで、わざわざ実際の紙で用意するくらいだから、流出したら困る何かなんだろうな。


「いやぁ、ホントにありがとね琉くん」


 そんな設営会場の外で僕から書類を受け取った里音さんは、今ちょうど休憩中とのことだった。お昼がまだだった僕は、フェス本番に先駆けて軒を連ねる屋台で、里音さんからお礼がてら奢ってもらうことになった。


 たこ焼き、焼きそば、唐揚げ。

 定番のアレコレを買ってもらいつつ、里音さんと一緒に木陰のベンチへ。


「追加で何か食べたくなったら言ってね?」

「はい。ありがとうございます」


 僕は焼きそばから食べ始め、里音さんはフライドポテトを食べている。


 ……さて、僕は別に忘れ物を届けて奢られに来たわけじゃない。

 演技の件を、けじめとしてカミングアウトしに来たんだ。

 まずは里音さんに打ち明けるところから、僕のカミングアウトツアーは始まる。


 ふぅ……緊張する。

 どうやって切り出そうか。


 ……理解ある大人とはいえ、里音さんが激怒する可能性もなくはないんだよな。

 だって里音さん本人ばかりか、娘2人をも騙していたわけで。

 はあ、どうしよ……いざここまで来たのはいいけど、打ち明け方が分からない。


「ねえ琉くん、何か悩んでいるの?」

「え、あ、いや……ちょっと、話したいことがあって」

「話したいこと?」

「秘密について、懺悔したいと言いますか……」

「秘密? ひょっとして、催眠アプリ稼働中に演技してることかな?」

「!?」


 こ、この人今なんて……!


「ふふ、やっぱり演技していたのね?」

「え……き、気付いてたんですか?」

「ううん、カマ掛けてみただけw」


 ああああああああああああああしてやられたぁぁぁぁあああぁ……!!!


「そっかぁ。やっぱり琉くんったら催眠アプリを実際に食らってるわけじゃなかったんだ~。そりゃそうよね、催眠アプリなんて本当にあるはずがないんだから」

「……お……怒ってない……ですか?」

「うん、全然。だって私はむしろその演技に乗らせてもらっていた形なんだから」


 感謝さえしているような雰囲気で、里音さんは言葉を続けてくる。


「琉くんが演技してくれていたおかげで、私は女として久しぶりに乱れることが出来たわけでね? 感謝こそすれ、怒りや恨みはまったくないかな」

「そ、そうですか……」

「でも、悪い子ね~? 催眠アプリを振りかざしていた私が言えた義理ではないんだけど」

「……ご、ごめんなさい」

「ふふ、じゃああとで催眠アプリ無しのえっちをすることで、お互い水に流しましょうか」


 どんな水の流し方なんだか……。

 でも、そんな提案がありがたかった。


「ちなみにだけど、琉くんってこのあとここに残ることは出来る?」

「はい……出来ますけど、何か?」

「水流しえっちに関して、ちょっとやってみたいことがあるの♡」


 嗚呼……絶対ろくでもないことだ(白目)。

 でもけじめだからな、僕は帰らず待機することに。


 里音さんが仕事に戻っていった一方で、木陰のベンチでしっかり水分を摂りながら、設営の様子を眺める。リハなんかも始まって、それを見れるのが結構オトクだった。


 やがて夕方を迎えた頃には、この日の設営作業が終わっていた。

 スタッフたちが続々と撤収していく中、里音さんもお仕事を終えたようで僕の前に再びやってくる。


「ごめんね~、何時間も外で待たせちゃって」

「大丈夫です。それで……僕を待たせてまでヤりたいことっていうのは?」

「そこにちょっとした雑木林があるでしょ?」

「……ありますけど、それが?」

「そこで野外えっちしよ♡」


 ……やっぱりこの変態母にしてあの子供たちなんだよなぁ(確信)。


「バレたら終わりますよ? 色々」

「そのスリルがいいんじゃない♪」

「…………」


 どんだけ変態なんだよ(絶望)。

 まぁでも……僕もヤりたくないわけじゃない。

 むしろ興味深い。

 自然の中でサカることを想像するだけでムクムクしてしまう。

 演技をやめることになっても、僕はすっかり毒されていて、今更後戻りは出来ないんだなと悟った。


「……ぁんっ♡ 好きよ琉くん……♡」


 だからこのあと、僕は里音さんにいざなわれるがまま薄闇の雑木林で衣服を脱いで、汗だくでつゆだくの禊ぎえっちをしたのである。



   ◇


「はあ、気持ち良かった……でも帰ったらすぐお風呂に入らないとダメね~」

「ですね、色々アレですし……」


 事後、僕らは里音さんの車で帰路に就いているところだ。僕は助手席である。


「ん……垂れてきちゃう……♡」


 ……はてさて、なんのことですかね。


「あ、ところで琉くん」

「はい?」

「演技の件、このあと里帆たちにも打ち明けるんでしょ? 頑張ってね。きっと琉くんのけじめは伝わると思うから」

「……はい、頑張ります」


 里音さんのエールに頷く。

 さてと……でも次は誰に打ち明けようか。

 帰ったら夕飯の時間であることを考えると……萌果か。

 正直、萌果に打ち明けるのはめっちゃ怖い。

 萌果は催眠アプリをガチだと思い込んでいるからこそ、大胆に禁断の関係に踏み込んできたんだろうし……。


 でも、やるしかない。

 萌果にもきちんと話して、それで嫌われるなら、しょうがない。


 そんな思いを胸に、やがて僕は自宅に到着した。


――――

つづく

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