第38話 それくらい良かった
さて……氷海からのお誘いを受けた僕は、まず氷海と一緒にお風呂を済ませた。
氷海は一人っ子で両親も帰りが遅いので、とりあえず色々気にせずに入ることが出来たわけだが――
「……なあ、氷海」
「何さ」
「なんで僕ら外に出ているんだ……?」
そう、僕らは現状夕暮れの外に出ていた。もちろん服は着ている。氷海はラフな半袖ホットパンツ。僕はまだ帰っていないので学校の夏服姿。せっかく風呂に入ったっていうのに6月の蒸した外気のせいで軽く汗ばんできている。
「なんで外に出たか、って……この流れだったら普通分かるもんじゃないの?」
「まさか……そういうことなのか……?」
そう言われたら思い付く可能性はひとつだ。
氷海は外で……。
「まぁ……そのまさかだと思っとけばいいよ」
「マジか……」
上がったハードルに対するアンサーがそれってことなんだろうか。
「……とりあえず目的は分かった。けど……どこでそれを成そうとしているんだ?」
「まぁほら、せっかくだから久しぶりに秘密基地にでも行ってみようかなと」
……秘密基地か。
懐かしい響きを伴うそれは、僕と氷海が小中時代に足繁く、とまでは言わないがたまに通っていた廃マンションのことで、一向に取り壊されないままなぜか現存し続けているこの街の闇みたいな場所だ。
住宅街の一角にある分、ホームレス的な人たちが出入りすることはない(すぐ不審者として通報されるから)。ゆえに幼い頃から安心してお邪魔出来ている。
もちろん各部屋には鍵が掛けられていて室内に入るのは無理。でも屋根付きの外階段が利用可能で、その屋上付近の踊り場をよく根城にしていた感じである。わざわざレジャーシートを持ち込んで、ゴロ寝しながらマンガを読んだりしていた。
「お、今も変わってないね」
20分ほど移動してその場を訪れてみれば、先客が居るようなこともなく、屋上付近の踊り場は僕らの痕跡に満ちあふれていた。詰まれた週刊誌とか色々である。
敷地の管理がガバガバ過ぎて、これがもし郊外の立地だったりしたらあっという間にホームレスの根城になっていたと思う。
「なんかもう懐かしいな……数ヶ月前まで普通に来ていたとは思えない」
「ね、これからもっと来なくなっていくんだろうし……はあ、これが大人になるってことかぁ」
しみじみと呟きながら、氷海が僕を振り返ってくる。この場で見る氷海はいつも貞子だったが、今日はそうじゃない。色々と努力をして生まれ変わっている。それが僕の気を惹くためだというのだから、ありがたいというか、照れ臭い。
「ま、ここはあたしにとって逃げ場でもあったから、ここに通わなくなるのは良い兆候だとも思ってるけどね」
……逃げ場というのは、氷海がちょっといじめられ気質だったから、その逃げ場としてここが在った部分もある、ということだ。
元々は引っ込み思案で、僕の後ろを引っ付いて歩いていた地味子。
僕が守っていた部分もあるからこそ、現状の変わりようは感慨深くもあった。
「でもたまにはさ、こうやって来るのもアリだよね。ここはあたしと琉斗の楽園だし」
「こんな寂れた楽園があってたまるか」
「まあねw けど夕焼けが綺麗で悪くないじゃん」
そう言って氷海は踊り場の手すりから身を乗り出すようにして朱色の空を眺めていたが、やがてくるりと僕を振り返ってくると、
「……じゃあそろそろ始める?」
と尋ねてきた。
……何を始めるのかは分かり切っているが、僕は一応確認しないといけない。
「なあ……初めてがここでいいのか?」
「もち……むしろここで捨てることに意味があるんじゃん。冴えない過去からの卒業ってことだからね」
なるほどな……。
「でも……優しくシてよね?」
「分かってる……」
「ただし、あんま気を遣って欲しくもないんよね……もしあたしの身体が気に入った場合、この1箱使い切るくらいヤっちゃって欲しいっていうか……」
そう言って改めて見せられた1箱は……お高めの良いヤツだから3個入りか。
……まぁ3回戦なら多分余裕。
でも氷海の調子次第なのはもちろん大前提。
決して無理を強いたりはしないでおこう。
◇
……4回戦まで行ってしまった(小声)。
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