第61話 けじめツアー 4(本編最終話)

 部活帰りに雨宿りを強いられた里帆は、家と学校の中間地点にある公園に居た。

 半円形の、何カ所かに穴が空いている謎のドーム型遊具の中に身を寄せて、到着した僕の存在に気付くと、三角座りの状態で顔を上げてみせた。


「迎えの要請にすぐに応じられるだなんて、私の幼なじみは随分と暇な夏休みを過ごしているようね?」


 早速飛んできた毒舌である。

 でも表情は嬉しそうだった。


「暇人で悪かったな」

「悪いとは言っていないわ。さ、それより帰りま――」


 ――ぴしゃーん!! と雷鳴が轟いたのはそのときだった。

 きゃっ、と里帆が悲鳴を上げる中、雨の勢いも増し始めている。

 これは僕が差してきた傘があっても帰るのはキツいぞ……。


「……僕も交えて雨宿り継続、でいいか?」

「そうね……今帰るのは危なそうだわ」


 そんなわけで、僕もドームの中に入って里帆の隣に腰を下ろした。

 肩が触れ合わない程度の距離感。

 部活帰りの里帆からは、汗臭いはずなのに良い匂いが漂ってくる。

 いや、どうなんだろう。

 他人が嗅いだら実は良い匂いじゃないのかも。

 僕が好きだというだけで。


 それはそうと、さて。

 どうするべきだろうか。


 僕のけじめツアーは、残すところ里帆への懺悔だけだ。

 ラスボスである。


 せっかく誰からも邪魔が入らない状況。

 それを活かさない手はないはずだ。

 僕なりに覚悟と準備を整えてこの場を訪れたつもりでもある。 

 だったらやるしかあるまい。


 はあ、緊張する。

 昨日里音さんに最初の打ち明けを行ったとき以上のモノだ。

 だって里帆は気難しい女子である。

 素直じゃなくて、僕にはいつも表向きツンツンしている。

 本当の気持ちを表には出さず、催眠アプリを重宝するのも当然の性格。

 そんな里帆に対し、実は催眠アプリは本物じゃないんだよ、と伝えるのは怖い。

 欺いてきたことを嫌悪され、ガチで嫌われても文句は言えない。


 でもそれを恐れて里帆にだけ真相を明かさないのは無しだ。

 そんなことは出来ない。

 真実を伝えたあとに、もうひとつ大事なことを伝えたいところでもある。

 

 だから、何度か小さく深呼吸を繰り返す。

 そうして心を落ち着けてから、


「なあ里帆、僕はお前に隠してることがあるんだ」


 と切り出した。


「何よいきなり」

「催眠アプリのことだよ」

「……っ」


 里帆は大きく目を見開いていた。


「な、なんで催眠アプリのことを覚えて……」

「結論から言えば、僕は演技をしていた、ってことだ」

「――っ」


 仰天する里帆をよそに、僕の気分はまさに罪を告白する咎人だ。

 口の中がカラカラになっていくのを感じながら、言葉を続ける。

 不思議とスラスラ語れるのは、懺悔の気持ちが後押してしてくれているからだろうか。


「お前が最初に催眠アプリを見せ付けてきたとき、試しに食らった演技をしてみたらどうなるんだろう、って魔が差してな……結果としてお前はまんまと引っかかって、そのあとキスまでしてきた……僕が演技をやめるにやめられなくなったのは、当然のことだった」

「…………」

「本物だと思い込んだお前はアホだし、演技を継続した僕もアホなんだと思う。……でもどっちかって言ったら、よりアホで、よりタチが悪いのは、僕なんだよ」


 僕がさっさと演技をやめなかったから、里帆の隠された気持ちを知り尽くしてしまった。盗み聞きしたようもんだ。とてもじゃないが、褒められた行為ではない。


「……悪かった」


 僕は正座に移行しながら、里帆の方を向いてそう言った。

 里帆はと言えば、ぷるぷると震えていた。

 欺かれていた恥ずかしさゆえか、あるいは怒りゆえか、もしくは両方なのか、


「……万死に値するわ」

 

 そして、紡がれた言葉は実に手厳しいモノだった……。

 そりゃそうだ……むしろ他の3人が優しすぎると言える。


「演技で騙すだなんて……人の心がないとしか思えない所業じゃないかしら?」

「……はい……」

「もちろん、催眠アプリであなたを良いように扱ってきた私だって褒められたもんじゃないのは分かっているわ……けれど、私がいつか真っ当に伝えたかった想いを、いつの間にか知られていたのは、あんまりよ……」


 いつか真っ当に伝えたかった想い……。

 それは間違いなく、僕への好意のことだよな。

 そう、そうだ……僕は真っ当な告白の時間を里帆から奪ってしまったんだ。

 その点が一番良くない。

 他の3人もその点は同じなんだろうけど、里帆は他の誰よりも乙女で、ダメージが一番大きかったんだろう。


「ごめん……謝ったって許されることじゃないかもしれないが、ホントに」

「誠意は……言葉ではなく金額」


 ……いきなり飛び出してきたその言葉は、銭ゲバ野球選手が残した名言だ。

 言葉でいたわるよりも年俸で誠意を示せ、っていう球団フロントに対する潔い要求を示した言葉であって、後年その野球選手が震災にひっそりとデカい寄付を行っていた誠意エピソードも含めて、僕は結構好きな発言だったりする。

 そして、その言葉を引用したということは、


「私の場合、もちろんお金なんて要らないわ……でも謝罪の言葉だって要らない。私が琉斗に求めているのは、そういうのじゃないから……」


 行動で、誠意を示せってことらしい。

 分かってる。分かってるつもりだ。

 だからポケットに手を入れる。

 そこにラスボス戦に備えて持ってきた里帆特効のアイテムがある。

 それを取り出す。

 1枚の紙だ。

 もちろんただの紙じゃない。


「――それって……」


 里帆がハッとしていた。


「ああ……――婚姻届けだ」


 そう、婚姻届けである。

 家でDLして印刷してきたヤツ。

 別にまだ何も書き込んじゃいないまっさらな状態。

 それを持ってきた意味はもちろん、僕なりのけじめであり、覚悟であり、決意だ。


「里帆、僕はお前のことが好きなんだ」

「琉斗……」

「小さい頃からずっとだ。でもお前に面と向かって言うのが恥ずかしくて、結局ここまで引っ張ることになった。……他のみんなにも責任を取らないといけない部分があるから、お前だけを愛するとは言えない……けど、里帆が一番特別だから、戸籍上で結ばれるのはお前で在りたい、って考えてる」


 この国のルール的にまだどう足掻いても正式に結ばれることは出来ない。

 でも婚姻届けを里帆に預けることで、今言ったことを将来守る契りとしておく。


「本当に……私のことが好きなの?」


 差し出された婚姻届けに視線を向けながら、里帆は瞳を潤ませていた。


「もちろんだ。逆に里帆は僕をどう思っているのか、きちんと聞かせて欲しい」


 聞かずとも分かっている部分ではある。

 けど、面と向き合っている今、きちんと真っ直ぐに告げられたいわけだ。


「……好きに決まっているわ」


 里帆は照れ臭そうに、けれどしっかりと、婚姻届けを受け取りながらそう言ってくれた。……嬉しいもんだな。


「小さい頃から一緒に居る琉斗じゃないと、私はダメなの……だから今言った約束、必ず守りなさいよね?」


 そう言って里帆は、小指を立てた右手を差し出してくる。

 指切りか。

 そうと分かれば僕も同じ手の形を作って、小指同士を繋いだ。


「ああ、絶対にな」

「それで……私たちは付き合い始めた、という認識でいいのかしら?」

「まぁ、いいと思うが」

「……里奈たちとも付き合うの?」

「それは、えっと……付き合うというか、内縁的な関係でいいかどうか交渉してみるというか……」

「じゃああくまで……一番は私、なのよね?」

「ああ……それは絶対だ」

「なら、それを行動で示して欲しいものね?」


 そう言って里帆が運動着を脱ぎ始めたことに気付いて……結局僕らがやることって何も変わらないんだろうな、って思いました(白目)。


 というわけで、このあと滅茶苦茶セ○クスした。

 遊具の中で2回戦。

 雨が弱まって帰宅してからもベッドでキスしまくりのヤりまくり。

 夕飯のときも繋がったままリビングを訪れた結果、萌果がびっくりしていた。


 僕と里帆はもはや獣だった。これまで素直じゃなかった分を一気に清算するかのように、夕飯後もヤって、風呂でもヤって、寝落ちするまでヤりまくった。


 僕は翌日筋肉痛で動けなくなり、里帆は普通に部活へと出掛けた。

 化け物かよ……。


 ……それはそうと。

 僕を取り巻く催眠アプリの物語は、こうして無事に終焉を迎えたことになる。


 でも僕を取り巻く幼なじみたちの物語はこれで終わったわけじゃない。

 むしろこれから向き合い方を考えて、良い未来を目指していかないといけない。

 里帆を筆頭に、責任をもって彼女たちを幸せにするのが僕の使命だろうから。


 そんなわけで僕の青春、もとい性春、あるいは精春はこれからも続いていく。

 ……まずは体力作りから始めるべきかもしれないな(げっそり)。









――――――――――


催眠アプリにまつわるストーリーはこれにて終了となります。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。


物語自体はここでは終わらず、まだ描けてないことや、アフター的な日常を描きつつ、時系列を少しずつ進めていきます。あと10話くらいでしょうか。具体的な話数は不明ですが、もうちょっとだけ続きます。


更新ペースはこれまで中1日でしたが、これからは中2日でやっていきます。ご了承ください。


改めて、本編を最後まで読んで頂いたことに感謝します。

本作に興味が残っている方は引き続きよろしくお願い出来ましたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る