第31話 窮地

 ……マズいことになった。


「ふんふーん♪」


 里奈ちゃんの機嫌良さげな鼻歌が、ラブホの一室に木霊している。

 聞こえてくるのは浴室の方からで、湯船の準備をしている様子。


 片や僕はと言えば、ふかふかのベッドに寝かせられている。

 ここで大人しくしているように命令されたからだ。


 しかし……しかしだ、このまま大人しくしているわけにはいかない。

 現状の僕はまさしくまな板の鯉。

 このままだと里奈ちゃんに美味しく食べられてしまう……。


 どうすればいい……。

 ひとつ思い付いている作戦があるにはある。


 題して――バケモンにはバケモンをぶつけんだよ作戦、である。


 要するにこの場に里帆を召喚して里奈ちゃんを成敗させるというモノ。

 だから僕がここで取るべき行動は――里帆への連絡。

 この場所を教えれば恐らく勝手に訪れて里奈ちゃんを始末してくれるはずだ。


 だがしかし……ここで里帆に連絡を取るのは正解ではない気がしてもいる。

 なんせ里帆は里奈ちゃんが催眠アプリを持っていることを知っている。

 ということは、里奈ちゃんが僕を拉致したのは催眠アプリを駆使してのことだと察しているはずだ。

 にもかかわらず僕が里帆に連絡を取れば――『催眠アプリが効いているはずなのにどうして琉斗は私に連絡出来るの?』と疑問を持たれてしまう可能性があるわけだ。

 そうなると僕に自我があるとバレて、演技バレにも繋がってしまう。

 だからここで里帆に助けを頼むのはNG。

 もはや里帆が自分でこの場所に勘付いてくれることを祈るしかないのだ……。


「――琉斗くん♪ もうちょっとでお湯張れるからね♡」


 里奈ちゃんが浴室からこっちに戻ってきた。

 僕は虚ろな演技を改めて強める。


「えへへ、今日今からこの場所であたしと琉斗くんは結ばれるんだよ♡ 今日は大丈夫な日だから、初めてだけどそのままいっぱい注いじゃってね♡」


 アカン……里奈ちゃんがやる気満々過ぎる……。


「でもね、ちょっと迷いもあるの」

 

 ……迷い?


「こんな風に琉斗くんの自由意志を奪って身体の関係を結ぶことに意味はあるのかなって……きちんと誠実に素の琉斗くんに告白して付き合えた場合にだけ、こういうことはした方がいいんじゃないかなって……」


 そう、そうだよ里奈ちゃん、それが一番だよ!


「でもね、いいの」


 良くないよ!


「あたしはせっかく手に入れた催眠アプリを十全に使ってみせる――そしてこの催眠アプリで、あたしは新世界の神になるんだ」


 なんか厨二なことを言い出したんですがそれは。

 デスノート拾った人かよ。


「でもこの催眠アプリで新世界を築こうにも、琉斗くんにしか作用しないんだよね。一応他の人にも試してみたんだけど」


 え……試したのかよ。


「ヅラ被ってる嫌いな先生に『全校集会の時間にそれ取ってください!』って命令したら生徒指導室に呼び出されて反省文書かされたし……」


 ……何してんだよ。


「でも実験の結果として琉斗くん専用って分かったのは収穫だから問題なしっ」


 別に僕専用でもない、ってことが分かったらどういう表情をするんだろうな……。


「まぁこういう無駄話はさておいて……まずはスキンシップから始めよっか♡」


 寝そべる僕に跨がってきて、まずはちゅっちゅとキスをされる。


 ああ……僕はマジでどうすればいいんだろうか。

 このままなされるがままになるのは絶対に良くない。


 何かこの状況を打破する方法を探せ。

 あるだろ。何か。

 何かあるはずだ。

 何か、何か何か何か――あ、そうだよ。

 あるじゃないか。

 ――氷海だよ。

 僕が直接里帆を頼れないなら、氷海を介して里帆を召喚すればいいんだ。

 

 題して伝言作戦。

 僕から連絡を貰った、という部分を隠して氷海から里帆に連絡を入れてもらえばいい。たとえば『琉斗と里奈ちゃんがラブホに入っていくところ見たんだけど(すっとぼけ)』みたいな感じで、さも氷海が目撃したテイで告げ口を頼むわけだ。それなら里帆が僕を怪しむことはなくなる。


 よし、そうと決まれば氷海に連絡を取るぞ。

 でも今はダメだ。

 里奈ちゃんがもっかい浴室の方に行ったときがチャンスだな。


「ぷは……じゃあまたちょっとお湯の様子見に行ってくるね♡」


 キスを一旦切り上げて、里奈ちゃんが浴室へ向かった。

 今だ!!

 僕はとんでもない速度でポッケからスマホを取り出してLINEを起動。


【りなちゃんにさいみんあぷりでらぶほにつれこまれた

 たすけて

 りほにおまえけいゆでそれとなくらぶほのなまえをつたえてくれ】


 変換する時間すら勿体ないのでひらがなオンリー。

 最後にラブホ名を付け加えて送信した。

 氷海ならこれだけで自分の為すべきことを分かってくれると思う。

 腐れ縁は伊達じゃないんだ。


「――お湯張れてたよ♡」


 !! 

 里奈ちゃんが戻ってきた。

 僕は慌てて虚ろな演技を再開。


「んー? なんか今……琉斗くん動いてなかった?」


 ウゴイテナイヨ。


「まあいっか……じゃあ琉斗くん、お風呂行こうね♡ 脱ぎ脱ぎさせてあげる♡」


 里奈ちゃんの魔の手が僕の服を脱がし始めてしまう。

 全部脱がされ、里奈ちゃんも脱いで……互いに一糸まとわぬ姿でお風呂へ。


 ――里帆ー、早く来てくれー!!


 僕はこのとき初めて、悟空を渇望するクリリンの気持ちが理解出来た気がした……。


――――――

つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る