第30話 いざない

「イルカショー、迫力満点だったわね」

「だな。アシカの芸も良かったし」


 順路を巡って昼メシを済ませたあと、僕たちはアシカショーからのイルカショーを立て続けに楽しんだ。

 特にイルカショーは良かった。たまに観るとイルカの頭の良さを改めて思い知らされる気分だ。あいつらが陸で四つ足の生き物だったらちょっと怖かったかもな。


「じゃあ僕、ちょっとトイレ行ってくるから」

「ええ、いってらっしゃい」


 ショーの途中から少し我慢していたので、僕は足早にトイレへ。


 さて……このあとはこのデート、どうなるんだろうか。

 放水しつつ考える。

 もう水族館は堪能したけど帰るにはまだ早い。おやつの時間にも差し掛かっていないし。

 それに里奈ちゃんがまだ現れていないのが不気味なんだよな。


(――っ、おいおい……)


 スッキリしたのち里奈ちゃんに警戒しながら里帆のもとに戻ると、そこではちょっとした異常事態が巻き起こっていた。


「ねえねえそこのキミ、可愛いね。1人?」

「俺たちと遊ぼーよw」


 ……2人組のチャラ系男子が里帆に声を掛けていたのである。

 ちっ……どう見てもナンパだな……。


「……邪魔だから消えてもらえるかしら?」

「お、気ぃ強い系?w」

「せっかく可愛いんだからしかめっ面やめなってw」


 そう言ってチャラ男の片割れが里帆の腕を掴もうとしていた。

 ……里帆はこのまま放っておいても多分自分で撃退出来ると思うけど、一緒に来ているツレとしては傍観者ではいられない。

 僕は基本的に事なかれ主義で面倒事は嫌いだが、かといって好意を持ってくれている幼なじみすら守れない腑抜けではありたくなかった。

 だから――


「――すみません! 僕が彼氏なので狙うなら他の女子をどうぞ!」


 そんな言葉と共に特攻し、里帆の手だけを取ってすぐにその場から退散を選択する。「なんだ、彼氏持ちかよ」「ちぇ、じゃあいいか」だのなんだのボヤキが聞こえてくるものの、一切気にせずとにかくさっさと離れていく。


「琉斗……」

「もう水族館はいいよな? あいつらと再会したくないし外に出る感じでさ」

「あ、ええ……」


 里帆は大人しく従ってくれた。

 そんなわけで日照りの外に飛び出して、僕らは息を整える。


「ふぅ……ああいうのに絡まれるのって、日常茶飯事だったりするのか?」

「……さすがにそんなことはないわね。けど」

「けど?」

「別に手助けなんて要らなかったわ……自分でどうにか出来たもの。しかも勝手に彼氏を名乗るし、良い迷惑よ」


 などなど、里帆は色々言ってくる。

 でもそれが本心とは正反対の言葉であると知っているし、何より――


「でも……嬉しかったからありがとう。カッコよくもあったわ……」


 ぷいっ、と照れ臭そうにそっぽを向きながら素直にそう言ってくれたので、僕としては文句なし。いつもそうやって素直であればいいのにな。


「……それと琉斗、ちょっと失礼するわね――」


 スッ、と里帆が催眠アプリを見せ付けてきた。

 ここでかよ!

 くそ……虚ろな演技、虚ろな演技……。


「デート中はなるべく使うつもりはなかったのだけれど……あなたが今助けてくれたせいで悶々としてきたの……♡」


 お前の発情スイッチどうなってんだよ……。


「カッコ良過ぎるのが悪いのよ……替えのショーツは無いっていうのに」


 ……今のだけでそんなことになってるんすか。


「だから責任を取ってもらないといけないわ……というわけで」


 ……というわけで?

 

「――あっちの公衆トイレでぺろぺろしてもらおうかしら……♡」


 あ……試される理性の予感……。



   ◇



「はあ……ヤバかった」


 15分後……理性と欲望のせめぎ合いになんとか耐えた僕は、それでも脳裏に残るぴんくに悶々としながら現状近隣のデパートで休憩中だった。

 大量の自販機に囲まれながら、そこのベンチに腰掛けてジュースを飲んで口直し。

 里帆はと言えば――、


「ちょ、ちょっと急に下着が欲しくなったからここで待ってなさい!」


 と誤魔化すように正気に戻った(演技の)僕にそう言い残して1分前にこの場を去っている。

 ……急に下着を買いに向かった理由は言わずもがなである。


「――琉斗くん♪」


 そんな折――


「なーんかおねえと楽しそうなことしてたねぇ?」


 ……来たか。


 僕の前にヌッと現れたのは、白いTシャツにデニムのホットパンツを合わせた里奈ちゃんである。格好は快活だが、その眼差しは真っ黒。ハイライトオフ。

 そして手中には……催眠アプリを起動させたスマホが持たれていた。ここからは自分のターンだと言わんばかりに。


「さてさて……ここまで邪魔しないであげたんだから、おねえはあたしに感謝しとくべきだよねぇ?」


 そんな独り言をこぼしながら、里奈ちゃんは虚ろな演技を開始した僕に対してどこか妖艶な雰囲気でこう囁いてくる。


「じゃあ琉斗くん、こっからはあたしとの時間だよ♡ ちょっと行きたいところがあるから付き合ってもらうね♡」


 ……やむを得ない。


「あ、おねえには一応『琉斗くんはあたしが頂戴した!』って挑発の連絡入れとくから♪」


 ……里奈ちゃん、死にたいのか。里帆の逆鱗に触れるぞ。


 しかし10分後、そんな風に里奈ちゃんの心配をしている場合ではなくなってしまう。

 なんせ僕が連れて来られた場所は――


「――えへ、じゃあ入ろっか♡」


 ……駅の近くにあったラブホだからである。



――――

つづく

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