第21話 結果オーライ?

「じゃあ今日もみんなおつでした」


 日曜の夜11時。

 登録者数1万にも満たない弱小個人V・邪馬蛇やまだリュータとしてのFPS配信を終わらせた僕は、椅子から立ち上がって伸びをしながらため息をこぼしてしまう。

 

 ……はあ、今日も同接は最高で200人と少しだった。

 伸びないなぁ。


 まぁやってることはただのゲーム配信なわけで、二番煎じどころか数万番煎じ。

 200人も集まってくれているのがむしろ奇跡か。

 でももっと伸びたいというのが嘘偽りない本音だ。


「――終わったわね?」


 そんな悩みに打ちひしがれていると、部屋着のキャミソールとホットパンツに身を包んだ里帆がいきなり窓からやってきた。

 その手にはスマホ。

 画面には催眠アプリ。

 ……急に仕掛けてきたな。


「さて、放心状態になってもらうわ」


 すっかり毎度おなじみの命令だ。

 ウソを貫き通すために、僕は虚ろな演技を始めざるを得ない。


「ふふ、良い子ね。さてさて、今夜はちょっとやりたいことがあるのよ」


 不穏だなぁ……。


「何をやりたいかと言うと、ずばり――ヨチヨチバブバブごっこね」


 き、昨日風呂場で言ってたヤツか……。

 

「ひとまず、里奈の妨害が入らないように窓には鍵を掛けておきましょう」


 そう言って窓を閉める里帆。


 にしても、ヨチヨチバブバブごっことは一体……。

 ……赤ちゃんプレイのことか?


「さて、ヨチヨチバブバブごっこというのは簡単に言えば赤ちゃんプレイのことよ」


 ……ですよね。


「でね、ヨチヨチバブバブごっこをするにあたって、私はあなたを10歳の素直だった時期まで幼児退行させようと思っているわ」


 なんだと……。


「放心状態のあなた相手にごっこ遊びをしても面白くないし、かといって素のあなたには絶対に恥ずかしい姿は見せられない。――となれば、今の記憶を保持しない幼児の時期まで退行させてしまえば楽しくごっこ遊びが出来る。私はそう考えたわけよ」


 邪悪なことを思い付きやがって……。


「というわけで、今の記憶は持たずに10歳の時期まで退行してもらえる?」


 そう言って里帆が催眠アプリをかざしてくる。

 ど、どうする……。

 退行設定まで受け入れたら演技の幅が広くなってボロが出やすくなるかもしれない……。

 ここは一旦、無反応で様子を窺ってみるか……。


「……あれ、無反応ね」


 僕は虚ろな演技のままジッとしておく。


「もしかして……さすがに幼児退行は無理?」


 無理ってことでオナシャス。


「はあ……バブバブさせてあげたかったのに、残念だわ」


 里帆は悲しそうだ。

 そんな様子を見て、僕としてはなんかこう、ばつの悪い気分になってしまう。

 ……昔からだが、里帆を悲しませるのは僕の信条に反するんだ。

 だからって幼児退行の演技&赤ちゃんプレイをやりたいかと言えば……やりたくはない。

 けど……それをやるだけで里帆が喜んでくれるなら、僕は腹をくくれてしまう。

 僕は、そんな変人である。


「あれ……りーちゃん?」


 だから気付くと僕はそう口走っていた。精神だけがタイムスリップでもしてきたように、ちょっと舌足らずな口調でだ。


「え!?」


 急に当時の呼び方をされたら驚くよな……。


「も、もしかして幼児退行が成功したの? 時間差で?」


 そういうことにしといてくれ。


「す、凄いわこのアプリ……幼児退行まで実現出来るのね……」


 ※僕の努力の賜物です。


「じゅ、10歳のりゅーくんで合ってる……?」


 里帆も当時の呼び方をしてきた。


「うん。でもなんか変だね。りーちゃんおっきくなってない? 僕もデカいし」


 さも10歳時代までの記憶しかないかのように振る舞う。

 ……恥ずかしいが、やり抜くしかない。


「まぁ、そうね……これは夢だと思ってくれればいいわ。それよりりゅーくん、今の私はあなたの目にどう映っているかしら?」

 

 里帆は急にそんなことを尋ねてきた。


「よければ、今の私を見ての感想を聞かせてくれない?」


 幼い僕にいの一番にそんな感想を求めてくる理由があるとすれば……思春期に突入してからの僕が、里帆の容姿を表立って褒めることがなくなったからだろうな。

 気難しくなったんだ。

 まぁでも、この状況ではせめて、


「んっとね、綺麗で可愛くなったな、って思うよ」

「あら♡」


 嬉しそう。

 それと同時に、ちょっと悲しげでもあった。


「はあ……今じゃもう、そうやって素直な感想を言ってくれることもなくなったわね。昔は『りーちゃんと結婚する』とか言ってくれていたのに」


 ……別に今もそう思っていないわけじゃない。

 でも気恥ずかしいんだよ、面と向かって告げるのは。


「ごめんなさい。りゅーくんには関係のないことよね」


 10歳の僕を気遣うようにそう言って、里帆は気を取り直したように言葉を続けてくる。


「それよりりゅーくん、今から私とヨチヨチバブバブごっこをやるわよ。りゅーくんが赤ちゃん役で、私がママ役ね?」


 言いながら、里帆がキャミソールを脱ぎ始めたのでギョッとする。

 カップ付きなので、それを脱いだ今は当然……ごくり。

 

「ふふ、ヨチヨチバブバブしやすいように上は脱いじゃったわ♡」


 あぁそうか……僕はまたしても、またしても……理性を試される時間に身を投じることになるんだな(白目)。

 しょうがない……10歳の演技も含めて、やってやろうじゃないか。



  ◇



 そんなわけで、琉斗と里帆によるヨチヨチバブバブごっこが始まった一方で、実は先ほどから大変な事態がひとつ発生していた。


 ――配信切れてなくね?

 ――おーい邪馬蛇やまだ、やべえぞ

 ――さっきからすごく妖しい会話が……


 そう。

 実は邪馬蛇リュータとしてのゲーム配信はきちんと切れていなかったのである。

 ゆえにヨチヨチバブバブごっこの様子はサウンドオンリーではありつつも全世界に公開されており――


『さあ、きちんとバブバブしてくれなきゃダメよ? 上手にバブバブ出来たらヨチヨチしてあげるからね?』


 ちゅっ、ちゅぱっ、と琉斗がなんらかに吸い付く音が配信に乗っている。

 居残っていたリスナーたちは――


 ――……これ聞いてて大丈夫?

 ――BAN不可避

 ――リュータお前彼女いたんやな(血涙)

 ――おっぱいおっぱい


 などなど様々な反応でチャット欄を賑わせていた。

 その上、この様子をSNSやネット掲示板に貼り付けた者が出現したことで同接はうなぎ登り。

 拡散に拡散が重なり、数万人が見守る事態に。

 しかもお布施代わりのチャンネル登録が次から次へと施され、二人のヨチヨチバブバブごっこが終わる頃には登録者数が5万を突破していた。


「――うわっ、配信切れてなかったのか……!」


 里帆が帰った部屋の中でその事実に気付くが、もはや時すでに遅し。

 全世界に赤ちゃんプレイを公開した男として一躍名を馳せることになった琉斗は、


「まぁいいか……言うほど身元がバレる要素はないし、登録者数めっちゃ増えたしな」


 鋼の精神力で、その状況をヨシとしたのである。

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