幼なじみが催眠アプリを見せ付けてきたので食らったフリをしたらキスされた

あらばら

本編

第1話 食らったフリ

「――琉斗りゅうと、これを見なさい」


 そう言って幼なじみの里帆りほが見せ付けてきたのは、いわゆる催眠アプリの画面だった。画面にぐるぐる巻きの模様が映し出されている。


 場所は僕こと山田琉斗の家。

 その自室。

 

 僕と里帆は家が隣同士の幼なじみだ。

 里帆が1個上の高2。

 里帆は長い黒髪の美少女で、僕のことをよく弟扱いしてお小言を言ってくるヤツだ。今日の放課後も「あなたお馬鹿だから勉強を見てあげるわ」と上から目線のお言葉をいただき、実際に勉強を見られているところだった。


 ともあれ、里帆が催眠アプリの画面を見せ付けてきたのは、そんな勉強地獄における休憩時間のことである。


「なんだよそれ」

「催眠アプリよ」

「見れば分かるけど、それがどうしたって?」

「ネットに『これは本物の催眠アプリだ』ってレビューがあったから、琉斗に使ってみたくなったの」


 どういうことだよ。そんなレビューを信じるのがまずおかしいし、僕に使ってみたくなった、っていうのもワケが分からん。


「さあ琉斗っ、とにかくこのぐるぐる巻きの中心を見なさい! ――あなたは今から記憶を保持しない放心状態に陥ってしまうわ!」


 なぜかそんな命令をされたものの、もちろん僕の意識が遠のく感覚はない。

 当然ながら偽物だ。


 でも……試しに食らったフリをしたらどうなるんだろう?

 ふとそう思った。


 僕を放心状態にした里帆が何をするのか気になる。

 1個下の僕を不出来な弟みたいに扱ってくるこいつのことだ、顔にイタズラ書きでもして笑うのかもしれない。


 どれどれ、その蛮行を見届けてやろう。

 そう考えた僕は、目をわざと虚ろな感じにしてガクッと力を抜いてみた。

 放心状態の演技である。


「――えっ」


 すると、そんな僕を見て里帆が驚いていた。


「……琉斗? ねえ、琉斗?」


 里帆が肩を揺すってくるけれど、僕は無反応を貫く。

 そしたら里帆が目を見開いて、


「――こ、これ本物だわ!!」


 本物じゃないっす。


「こ、これなら……多分やっちゃっても平気よね……」


 やるって、何をだ?


 ――と思っていたら。


 ちゅ。


 里帆がいきなりキスをしてきた。


 ……え?


「んっ……琉斗……♡」


 悩ましげな吐息と共に、里帆のキスが続けられる。

 僕は演技なんかせずとも、ガチで放心しそうだった。

 ……なにこれ?


「ちゅ……好きよ♡」


 そして、好きと言われた。

 日頃弟扱いにして、上から目線で接してくるくせに。


「んちゅ……恥ずかしいから表立っては言えないけど、んっ、大好きなの……♡」


 僕は動くに動けなかった。

 今更「演技でしたーw」とは絶対に言い出せない雰囲気である……。


 そんなキスの嵐は5分ほど続いただろうか。

 そしてその頃には、里帆は多少冷静な状態に戻っていた。


「も、もうやめておきましょう……頭がバカになりそうだわ……」


 そんな自制心が働いたようで、里帆は自分の口元と僕の口元をティッシュで綺麗に拭いてから――


「りゅ、琉斗……あなたの放心状態は終わりよ。覚えてないと思うけど、催眠アプリのことは忘れた状態でよ。分かった?」


 と命令の解除と念入りな記憶削除を告げてきた。


 なので僕は恐る恐る動き始める。

 決して演技だったとはバレないように、


「……ん? あれ……僕、ちょっと眠ってたのか……?」


 なんて言ってみる。

 すると、


「そ、そうよ琉斗、あなた急に眠ってビックリしたわよ。疲れているんじゃない?」


 と、催眠アプリには触れずにそう言ってきた。

 だから僕も、ウソをつくことにあまり抵抗がなかった。


「そっか……それは悪かったな」

「い、いいのよ別に……それより私、今日はもう帰るわね。ちょっと用事を思い出したから……」


 なんて言って、里帆は帰っていってしまった。


 ……多分、気恥ずかしかったんだろうな。

 それは僕も同じだから、正直助かった。

 

 にしても……里帆の本心を知ってしまった。

 嬉しいけど、演技だったってバレたら怒られて厄介なことになるかもしれないし、演技のことは黙っておかないといけないな。


 こうして僕は、ちょっとしたヒミツを抱えることになった。

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