第2話 朝のひと幕
「――おはよう
幼なじみの
平日だろうと休日だろうとお構いなく。
だから今日も、僕は里帆に起こされていた。
「……また窓から来たのか」
「悪い?」
「別に悪くはないが……」
ベッドに横たわったまま、寝ぼけまなこで応じる。
僕の部屋と里帆の部屋は、窓が向かい合わせだ。しかも外壁の間隔が50センチくらいしかない。だもんで、跨げば普通に行き来可能。5月中旬の最近は気候的に窓を開けっぱ。里帆襲来の条件は整い過ぎているわけだ。
「……てか里帆、お前どけって。重いし」
僕を起こすにあたって、里帆は僕に跨がっていた。
制服姿でのマウント状態。
そんな里帆の表情は不遜げである。
「ふん、重いとは何よ。1個下のくせに生意気だわ」
「年功序列はクソ制度だよ」
「それは若き天才が言うべきセリフであって、琉斗のようなただの凡人が言っていいセリフではないわ」
やれやれ……今日も今日とて僕を不出来な弟のように扱ってくる。
しかしながら里帆は昨日……こんな態度とは裏腹に僕にキスをしながら告白までしてきたわけで。
……まぁアレは、僕に催眠アプリがガチで効いたと思い込み、油断して秘めた想いを吐露した形なんだろう。
実は催眠アプリを食らった演技をしていただけ、と知ったら、こいつは一体どんな表情をするんだろうな。
まぁもっとも……ガチギレされそうだからネタばらしは絶対にしないが。
……にしても、一向にどいてくれない。
里帆は発育がいいから、このアングルからだと割とデカいおっぱいを見上げる形になって良い景色ではある。けど、身長含めてスタイルが良いからこそ、重いわけで。
「なあ……いい加減どけって」
「でも学校で高嶺の花扱いの私から組み敷かれるのは悪くない気分でしょう?」
「…………」
……確かにこいつはそういう扱いだ。
スタイル抜群の黒髪美少女が、人気にならないわけがないのだ。
僕自身、里帆の容姿は認めざるを得ないところがある。
けれど、表立っては認めない。
癪だからな。
「……いいからどけって」
「イヤよ」
「イヤよ、ってお前な……」
「それはそうと、口やかましい琉斗にはちょっと大人しくなってもらおうかしら?」
そう言って里帆が懐から取り出してきたのは、スマホ。
その画面には例の催眠アプリ。
まさか、と思う僕をよそに――
「――琉斗、あなたは今から昨日同様に記憶を保持しない放心状態に陥るわ」
と、命令してきた。
やっぱりそう来たか……。
……完全に味を占めてやがるなこいつ。
くそ……じゃあまた演技をしないといけないのか。
面倒だが、昨日のが演技だったとバレないためにもやるしかないか……。
そんなわけで――
「――ふふ、放心状態に陥ってくれたようね?w」
僕が力を抜いて虚ろな目付きを形作ると、里帆はニヤリと笑い始めていた。
さて……今朝は一体何をやらかしてくれるつもりだ?
「ふふ、生意気だけれど黙っていれば可愛いのよね。さてと、じゃあまずはおはようの――」
ちゅ♡ と来やがった……。
問答無用のマウストゥーマウス。
僕に覆い被さる形でちゅっちゅとついばんでくる。
……マズいな。
モーニングスタンディングオベーション中のアレが強固なモノになっていく……。
落ち着け……素数を数えろ……2、3、5、7、11……。
座れ……スタンディングオベーションをただちにやめるんだもう1人の僕……。
「ちゅ……んちゅ……♡」
里帆は引き続きキスの嵐を敢行中だ。
なんかもう大型犬にペロペロされている感覚に近い。
こいつ僕のこと好き過ぎるだろ……。
「ぷは……ふふ、琉斗ったら放心状態でもココは脱力していないのね?」
ま、マズい……仁王立ち状態のjr.に気付かれた……。
「まぁでも、ココをイジるのはまだやめておいてあげましょう。私はそこまでお下劣な女ではないんだもの」
……催眠アプリで意中の男子を放心させてキス魔行為に耽っている時点でお下劣の称号はコンプリート済みなんだよなぁ。
「――りゅー兄ぃー!」
そんな折――
「ご飯出来てるから早く降りてきなさーい! どうせ里帆ちゃんに起こされてるんでしょー!」
と、階下から単身赴任中の両親に代わって家事を切り盛りしてくれている妹の声が。
「あら残念……
里帆は小さくそう呟くと、僕のことをぎゅっと抱き締めながら最後にもう一度だけキスをしてきた。
「ふぅ……じゃあ琉斗、私が3つ数えたらあなたは何も覚えていない状態で正気に戻るわ。いいわね? 行くわよ? ――3、2、1、はい」
……とのことで。
僕はそれに従い、
「ん……? あれ……ちょっと寝落ちしてたのか、僕……」
と、正気に戻った演技を行った。
「そうよ琉斗、あなたは私に組み敷かれながら寝落ちしたド変態だわ」
……どの口が言ってるんだか。ド変態はお前だよ。
「それより萌果ちゃんが呼んでいたわよ? 私は部屋に戻るから、下に行った方がいいんじゃないかしら」
そう言って僕の上からどくと、里帆は大股で窓を跨いで自室へと戻っていった。
どうでもいい情報かもしれないが、今しがた垣間見えた今日のパンツは黒だった。
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