第12話 追っかけ
「おはよう琉斗……ちゅ♡」
僕の朝は最近、里帆に起こされて催眠アプリを見せられるところから始まる。
……起き掛けから虚ろな演技を強いられる僕の生活は多分おかしい。
「ちゅ……♡ 好きよ琉斗♡」
でも里帆のキスによるマーキングは僕の自尊心を養ってくれる。
可愛い幼なじみに好かれている事実は、やっぱり自信に繋がるんだよな。
「なんかりゅー兄ぃ、最近寝起き爽やかだね」
里帆に解放されたあと、リビングで萌果手製の朝食を摂り始めている。
どうやら妹から見ても僕の雰囲気は変わりつつあるようだ。
「げ……」
そんな朝食を済ませて自室に戻ると、斜向かいの部屋の窓越しに里奈ちゃんが立ってジッと僕を眺めていることに気付いた……。
……昨日からこの調子。
今日も可愛いツインテJCだが、怖い。
昨日僕が図書館に避難したのがよっぽど不服だったんだろうか……。
「昨日直帰しなかったのって、何か余計なこと覚えてたから?」
里奈ちゃんが問いかけてきた。
……催眠アプリ稼働時の記憶について、さぐりを入れられているな。
演技の可能性に勘付いているのか……?
いずれにせよ、ここは取り繕うしかない。
「……なんのことだ?」
「ま、なんでもないよ」
里奈ちゃんはスッとカーテンを閉めて姿をひそめてくれた。
……とりあえずセーフか。
にしても、今日は素直に直帰するべきだろうか……?
いや……直帰したら催眠アプリで長時間戯れることになって理性が崩壊しかねないし、今日もひとまず素知らぬフリして図書館あるのみ、だな……。
◇
そんなわけで放課後。
地元のデカい図書館に今日もやってきた。
この図書館、周辺の学生が割と利用するからこの時間帯は若者が多め。
でもバカ騒ぎする層は居ないから問題無い。
さて、今日もラノベを読み漁るとするか。
(うお……)
ラノベの棚に移動したところで、僕はちょっと足がすくんでしまった。
というのも、その場に場違いな金髪美少女ギャルが佇んでいたからだ。
他校の子だな……この場にそぐわな過ぎる。こんな子もラノベ読むの?
「あ」
そしてそのギャルが短い言葉を発しながら僕に目を向けてきた。
……なんだろう、カツアゲですか? でも僕電子マネー派だから小銭ないっす。
「ひょっとして琉斗?」
「え?」
ふざけた思考をしていたら、なんか名前を呼ばれてしまった。
……なんで僕の名前を?
「あー、結構変わったから気付いてないっぽいのか。ほら、あたしあたし」
そう言って長い金髪を前にだらりと持ってきて、貞子っぽいヘアスタイルを演出。
それを見て……僕はハッとする。
「……まさか
いま口に出したその名前は、中学卒業までゆるりとつるんでいた陰キャオタ子の固有名詞である。
――
ご近所さんでこそないが、小・中とクラスがずっと一緒だった女子の1人で、里帆や里奈ちゃんほど密接じゃないにせよ幼なじみと言える間柄。
どちらかと言えば腐れ縁だろうか。
高校は別々になりつつもたまに連絡を取り合っていたが……卒業後の姿はチェックしていなかったからこれには驚かざるを得ない。
だって氷海は今の演出通り、元々は黒髪貞子ヘアの根暗だったからだ。
「でゅへ、ちょっと見違えたでしょ?w」
「いや……ちょっとどころじゃないだろ」
もはや別人だ……高校デビューしてた、ってことか。
でもキモい笑い方はそのままっぽくて安心する。
「思いきったなお前……」
「でしょw 琉斗が『お前の顔可愛いんだからもっと表に出せばいいのに』ってしきりに言ってくれた影響もあるんだからね?」
あー、まぁ確かに言っていたが……ここまで変わるのは予想外だな。
「でも人間、趣味嗜好はそう簡単には変わらんてことで」
「……だからラノベを借りに来たのか」
「そゆこと。今日は友達との予定もないからさ。ねね、最近面白いのってどれ?」
ただの根暗だった氷海にオタ趣味を叩き込んで友達に仕立てたのは僕だ。
いわば師弟のような関係であって、聞かれたら答えるのが僕の務めである。
「最近はまぁ、コレとかソレとか」
「おっけ。じゃあコレとソレ借りて読むっ」
そう言って数冊手に取った氷海。
彼女が動くたびに良い匂いがする。
元々はお婆ちゃんちの匂いがしてたのに変わるもんだなぁ。
もうれっきとしたギャルだ。
身体付きも、中学卒業からまだ3ヶ月ちょいなのに成長してる気がする。
背丈はそんなでもないが、メリハリがくっきりだ。
こんだけおっぱいデカくなかったよな……。
「でゅふw あたしのことイヤらしい目で見てる?w」
「み、見てない……」
認めるのは癪なので目を逸らす。
「ふぅん、まあいいやw じゃあまぁ、今日はあたし借りるだけ借りて帰るつもりだからさ、またいずれきちんと会おうよ」
「お、おう……」
じゃねー、と手を振って受付の方に向かう氷海。
ううむ……貞子の頃も嫌いじゃなかったが、顔出しギャルになるとギャップゆえの可愛さが爆発してるな。
「――氷海さん変わったねぇ」
そのときだった。
「たまに琉斗くんのもとに遊びに来てたからあたしも一緒に遊ぶことあったけどさ、あの垢抜け方はあたし的にちょっと怖いかも」
「……り、里奈ちゃんっ」
そう――急にヌッと棚の陰から現れたのは、表情に陰りのある里奈ちゃんだった。
ひェっ……。
「それはそうと琉斗くん……今日も直帰してくれなかったねぇ?」
そう言いながら里奈ちゃんが見せ付けてきたのは、スマホ。
その画面にはもちろん催眠アプリが……。
「まぁ直帰してくれないなら、あたしが追っかければいいだけだから別に良いけど」
どうやら僕はこのあと、大変なことになるかもしれなかった……。
――――
つづく
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