第35話 復調?

 週が明けた。オトナの階段を登ってからひと晩が経過し、僕の舞い上がった気分も多少落ち着いてきた。


「お、おはよう琉斗……良い朝ね」

「ああ、おはよう」


 起床して身支度を整えていると、窓越しに里帆から照れ臭そうに挨拶をされた。

 里帆はまだ照れを維持しているらしい。まぁ昨日の劇的な卒業式は里帆にとっても忘れがたいモノになったはずだし、依然として引きずっているのは何もおかしいことじゃない。

 かく言う僕だって多少落ち着いてきたとはいえ、冷静に思い返してみると照れ臭く思うところがある。でも演技バレを阻止するために僕は何も無かったように振る舞うしかない。むしろ里帆の照れを指摘して疑問に思うくらいがちょうどいいか。


「お前、何照れてるんだ?」

「えっ。な、何も照れてないわよばか変態童貞!」


 シャッ、とカーテンを閉められて即座にコミュニケーション終了……。

 ……童貞じゃねーし。お前に筆を下ろされたんだよこちとら。


 でも今みたいな態度が続いてくれるなら、催眠アプリの乱用が減りそうでありがたい。えっちしまくりだとさすがに疲れそうだし。


 ……ところで、昨日は僕にとって凄く良い1日だったが、昨日の影響でひとつだけ心配な部分がある。それは何かというと、


「ほげ~……おねえと琉斗くんがぁ~……」


 窓越しに見える斜向かいの部屋で、FXで有り金全部溶かした人みたいな顔を継続している里奈ちゃんのことだ。ひと晩経っても情緒がおかしい。そういう顔をしていたかと思えば、「でも興奮出来たし……♡」と自分に言い聞かせているのが大丈夫じゃない感を煽ってくれる。


 メンタルを整えてあげるために、僕は何かフォロー的なことをした方がいいんだろうか。けど、昨日のアレは里帆や里奈ちゃんにとっては催眠アプリ稼働下の出来事だったわけで、僕がそれに関してフォローしたら「なんで記憶あるの?」って話になるからな。むやみに手出し出来ないわけだ。


 僕に出来ることがあるとすれば、里奈ちゃんが何かを企んだ場合に出来るだけ抵抗せずに応じてあげることくらいだろうか。


 そんな考えと共に学校生活を送り、やがて昼休みを迎える。僕は食後に里帆から催眠アプリを使われ、非常階段に誘導されたのちにちゅっちゅとキスをされていた。催眠アプリの乱用、減りませんでした……。


「どうせならここでえっちもしてみたいけど……さすがにまだ痛むからやめておくべきよね」


 倫理観を重んじての理由じゃないのが恐ろしい。治ったらやる気かよ。


「にしても、里奈が思った以上に大ダメージを受けているのがね、ちょっと罪悪感を覚えてしまうわ」


 キスをしながらそう語る里帆をちょっと意外に思う。一応そうやって後ろめたく思う部分はあるらしい。


「だから、もしあの子が私の後追いでえっちなことをやろうとするなら……1回くらい見逃してあげようと思っている部分があるのよね」


 ……へえ、そんな姉心があるんだな。


「琉斗の童貞は私が奪えたわけだし、ここから先は色々けしかけられても焦りはないもの。でもノースキンはNG。だから琉斗、あなたにコレを持たせておくわ」


 そう言って里帆が取り出したのは……ゴム。

 それを僕のポケットに忍ばせてくる。


「もし里奈とヤるシチュエーションが来た場合、あなたは恐らく里奈の催眠下にあるでしょうけど、それを忘れずに着けること。里奈がノースキンを命令してきても私の指示を優先しなさい。いいわね?」


 里奈ちゃんの命令を先読みして自分の指示のプライオリティーを確保する命令を与えてくるあたり、催眠アプリに慣れてきているな。もっとも、贋物アプリに慣れるもクソもないわけだが。


 そんなこんなで昼休みが過ぎ去り、午後の授業をこなして放課後を迎える。期末テスト前の部活停止週間なので、里帆は今日も部活はないようだが女友達と勉強会を開くとかで直帰せず、言うなれば里奈ちゃんにおあつらえ向きの状況が整いつつあった。


 里奈ちゃんがずっと情緒不安定だと僕としても辛い部分があるので、そんなおあつらえ向きの状況に助力する形で今日は図書館に寄ったりせず直帰した。

 すると――


「あ。おかえり琉斗くん!」


 僕の部屋に待ち受けていたのは、恐らく窓から勝手に侵入していたのであろう里奈ちゃんだった。薄手の部屋着姿で、ローテーブルの上に勉強道具を揃えている。一見すると普通な調子で、里奈ちゃんは続けて言葉を切り出してくる。


「高校も期末テスト前だよね? 一緒に勉強してもいい? 分からないところ教えてもらえたりするとありがたいから」

「あぁ、うん……別に良いけど」

「やったっ。ありがと琉斗くん♪」


 なんだろう……今朝までの情緒不安定っぷりがウソのようだ。学校生活を送る中でメンタルが回復したのだろうか。だったらひょっとして慰めえっちしなくても良さげか?


 という僕の考えが甘かったと知るのは、この数十分後のことだった……。


――――

つづく

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