第51話 捕食

 土曜の日中に里奈ちゃんに搾られまくって三途の川を見てしまった僕はその夜、自室の窓やドアに鍵を掛けて早めに寝た。誰も侵入出来ない状況で安眠して回復に努めたわけである。


 おかげさまで翌日曜日は午前10時くらいまで12時間ほど爆睡し、スッキリとした目覚めだった。里帆や萌果がすでに部活に行っている中、作り置きの萌果お手製朝ご飯で腹を満たし始める。


 ぴんぽーん、とインターホンが鳴ったのはそんな折のことだった。出てみると、珍しく玄関から訪ねてきた里奈ちゃんで、なんだか表情が暗い。


「どうしたんだ?」

「あのね琉斗くん……あたし、これからママの命令で家空けるんだけど、気を付けて」

「?」


 里音さんの命令で家を空けるとは一体……。

 しかも「気を付けて」とはなんのことだろうか。


「多分、琉斗くんはピンと来てないと思うけど、とにかく気を付けて。飢えた獣には」

「?」


 ……なんで僕はこんなゴシックホラーみたいな忠告を受けているんだろうか。


「じゃあね。とにかく気を付けて」


 似たような言葉を繰り返し言い残して里奈ちゃんは立ち去っていった。

 ……なんだろう、凄く不穏なことだけは分かった。


「――おはよう琉くん、もし暇ならちょっと模様替えを手伝ってもらえない?」


 そんな里奈ちゃんと入れ違いくらいのタイミングで、里音さんも僕のもとを訪ねてきた。

 黒髪ショートヘアの美人さんは、相変わらずアラフォーとは思えない見た目で、現役女子大生を名乗っても普通に通用すると思う。服装は黒地のノースリーブとスキニージーンズであり、胸元には大きなおっぱいによる谷間が出来ている。

 ……さておき、


「模様替えですか?」

「うん、ちょっと机を動かしたいから、手を貸してもらえたら嬉しいんだけど」

「分かりました。じゃあ今行きます」


 小さい頃からお世話になってきた里音さんの頼みはそう簡単には断れない。

 僕は里音さんと一緒に玉地家に移動した。

 

 机を動かしたいのは里音さんの部屋であるらしく、僕は相当久しぶりにその寝室も兼ねた里音さんの個室にお邪魔した。

 おじさんの写真立てがあったので、手を合わせておく。ちっちゃい頃、遊んでもらった記憶がある。便宜上おじさんと呼んでいるだけで、亡くなったのは20代後半の頃だから全然若いイケメンだ。この人と里音さんの遺伝子を継いでいるんだから、里帆と里奈ちゃんが美少女に育つのは当然だよなぁ。


「じゃあ琉くんそっち持ってね。せーので動かすわよ」

「あ、はい」

「じゃあ行くよ? せーのっ」


 ひとつの机を窓辺に動かす。どうやら模様替えはこれであっさり完了のようで、僕は自分んちに帰ろうとしたものの、


「あ、待って琉くん。お礼に飲み物出すからステイ」

「え、別に大丈夫ですけど」

「ダメ。用意するからベッドに座ってて」


 そう言って里音さんがリビングに降りていったので、僕は仕方なく待つことになった。恐る恐るベッドに座らせてもらう中、僕はこの部屋に今更だけど良い匂いが漂っていることに気付く。アロマが焚かれているっぽい。


「――おまたせ。アイスティーよ」

「ありがとうございます」


 僕はグラスを受け取り、キンキンに冷えたアイスティーを早速ゴクゴクといただいた。うめー。


「それにしても、琉くんもすっかり大人びてきたね。あんなにちっちゃかったのに、もう私より大きいんだから」


 どこかしみじみとそう言いながら、里音さんはなぜかおじさんの写真立ての前に移動してその写真立てを伏せていた。それから僕の隣に腰を下ろしてきたんだけど……なんだろう、やたらと近い。肩がくっつくほどの距離感で、困惑してしまう。


「……ち、近くないですか?」

「ダメ?」

「だ、ダメじゃないですけど……」

「じゃあ、良いよね」


 里音さんはそう言うと更に寄り添ってきて、僕の腕におっぱいを押し当てる感じになった。な、なんだこの状況……。


「ねえ琉くん、急に変なこと聞いちゃうかもしれないけど……私のことってどう思ってる?」

「……へ?」

「お隣のおばさん? それとも、異性として見れたりする?」

「な、なんですか急に……」


 僕はなんだか妖しい空気を感じ取った。

 その一方で里音さんが急にスマホを取り出して、その画面をスッと見せ付けてきたことに気付く。

 その画面に映し出されていたのは――


「――ねえ琉くん、自我を失ってくれる?」


 催眠アプリ!?

 な、なんで里音さんまでそれを……!

 く、くそ……とりあえず虚ろな演技をしないといけない……!

 里帆か里奈ちゃんがアプリの存在を教えた可能性を考慮すると、僕がこれに従わなかった場合演技バレに繋がりかねないからな……!


「わ、すご……ホントに自我を失っちゃうのね。じゃあ――」


 虚ろな演技を開始した僕からグラスを取り上げて脇に置いたと思ったら、里音さんがギュッと僕のことを抱き締め始めてきた。あわわ……。


「ああ……やっとこうして戯れることが出来る♡」


 い、一体なんだって言うんだ……。


「あのね琉くん、って言っても聞こえてないんだろうけど、私ね……実は琉くんのことを異性として見ちゃっているの♡」


 な、なんだって!?


「あの人が亡くなって、仕事と子育ての両立が大変で疲れていた一昔前の私がなんとか頑張ってこられたのは……ちっちゃかった琉くんが『おばさん頑張ってね』って会うたびに言ってくれていたからでね」

「……」

「そんな琉くんが大きく成長するにつれて、私は胸の内の悶々とした感情を抑えるのが難しくなり始めていたわ……だからこうしてイケナイことをする機会を、ずっと、ずっと、窺っていたの♡」


 ひェっ……。


「あの人が亡くなってから、仕事と子育てに勤しみ続けてきた……うつつを抜かす暇なんてなくて、欲求は熟成されるばかりだった……だから、ごめんね琉くん――こんなやり方は卑怯かもしれないけど、発散させて?」


 そう言って里音さんが――ちゅっとキスをしてきた。最初は軽めで、次第に激しくなってくる。僕をベッドに押し倒して、舌をえっちに這わせてくる。

 な、なんだこの舌の動き……里帆たちみたいな小娘とはまるで違う……!


「ん♡ 好きよ琉くん……ちゅ、んんっ……ふふ、一緒にいっぱい気持ち良くなりましょうね?」


 ああ……なんだか全身が火照ってくる。

 ボーッとしてくる。

 アロマの影響だろうか。

 ひょっとしたらアイスティーに媚薬か何かが入っていたのかもしれない。

 でも別にいいやと思う。

 ずっと女手ひとつで頑張ってきた里音さんに潤いを与える。

 今日はそういう日だと思って、大人しく食べられよう(諦念)。


 そう考える僕をよそに、里音さんが服を脱ぎ始めていた。

 あらわになった下着は、随分とえっちな、黒の透け透けランジェリーだった。


「今日の私は母じゃなくて、久しぶりに……オンナ。そんなわけで琉くんには、熟れた果実の良さを教えてあげちゃう♡」


 そんな言葉のあと、「……ごめんねあなた」と一瞬伏せた写真立ての方を振り返ってから、里音さんは飢えた獣のように僕のことを貪り始めたのである……。



   ◇



 ……里奈ちゃんがお姉ちゃんになるかもしれないな(白目)。



――――

つづく

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