第42話 Mな自覚法
さて、里帆の誕生日当日を迎えている。
今夜は夕飯時に里帆の誕生日会が開かれる予定で、一応サプライズではある――が、毎年やられていれば里帆もさすがに分かっているわけで、朝からなんだかソワソワしている様子を僕は見ることが出来ている。
「きょ、今日はなんの日だったかしら? ねえ琉斗?」
朝の身支度中、窓越しにそれとない探りを入れられた。もしかしたら忘れられているんじゃないか、という不安があるからだろう。
「今日は普通の日だろ。ただの月曜日」
そして僕はその不安を煽るようにわざとズレた回答をしてやった。里帆の誕生日なんて完全に忘れているかのような演技。仕掛け人として、サプライズの威力を上げるために必要なウソと言える。
すると里帆はショックでも受けたように蒼白な表情で「そ、そうね、普通の日よね……」と肩を落として窓を閉めてしまった。……ちょっと可哀想だが、夜に顔を綻ばせるための助走はやめられない。
もちろん素知らぬ演技は僕だけじゃなくて里奈ちゃんや萌果も朝からそうしていた。この辺りの連携は打ち合わせなしだが完璧である。
やがて学校生活を終えた僕は直帰し、リビングを誕生会仕様に飾り付け始める。
里帆は部活だが、萌果はわざわざ水泳部を休んで僕と一緒に帰宅済み。ケーキを手作りで準備するためだ。
「やっほー萌果ちゃん。おひさw」
「わ、色々変わってるって聞いてたけどガチで変わってるね、氷海ちゃん」
そんな中、幼なじみの1人として氷海もやってきた。その手には小さな紙袋。里帆へのプレゼントも忘れていない。
「この4人で集まるの、なんか懐かしいかも」
飾り付けを手伝ってくれている里奈ちゃんがそう呟く。
確かに懐かしい。
春休みの序盤に一度集まったくらいだろうか。
それ以来、およそ4ヶ月ぶり。
僕らの誕生日は1年の後半に偏っていて、里帆が一番早い。
だから集まる機会がなかなかなかったわけだ。
女が3人集まると書いて姦しいとはよく言ったもんで、僕を蚊帳の外にして流行りのアーティストだのコスメだのコーデだの理解しがたい話題が飛び交い始めている。
表向きは楽しそうだが、ウラでそれぞれが僕を占有しようとしているのがこいつらである……つまり仲良しこよしに見えて、ライバル同士。あははうふふと笑い合うその表情が建前でしかないことを察した途端になんだか怖くなってきた……。
もっとも、今日に関しては色々と自重してくれるはずだ。主役は別に居るんだし。
「じゃあ僕、里帆の迎えに出てくるから」
誕生日を忘れられたと思っている里帆がぼちぼち帰ってくる時間に差し掛かったので、会場への誘導のために家の前で待ち始める。今日は学校で見かけるたびにFXで有り金全部溶かした顔をしていたが、お隣の姉妹は絶望したときにその顔をするのがお決まりなんすかね……。
「あ……琉斗」
やがて西日を背負ってトボトボと歩いてくる里帆の姿を捉えた。多分他の友達から誕生日を祝われているはずだが、結局は僕に祝われないと元気は取り戻せないのかもしれない。しょうがないな。特に意地悪はしないでおくか。
「里帆、誕生日おめでとう」
「え」
いきなり祝いの言葉を掛けられた里帆は数秒ほど呆然としていたが、すぐに「ちょ……そういう……」と何かを察したように両手で顔を覆い隠してその場にしゃがみ込んでしまった。さながらドッキリに引っかかった人のよう。というか、まさにそれか。
「……してやられたわ……」
悔しさと、気恥ずかしさと、嬉しさが混じったようなボヤキだった。
「毎年のことなのに騙されすぎなんだよ、お前」
「だ、だって誕生日なんて所詮は年1のイベントなんだもの……別に忘れられていてもおかしくはないじゃない……」
「忘れるもんかよ。里帆が生まれてくれた特別な日だしな」
「……と、特別なの?」
僕としては別に含みを持たせた言葉ではなかったが、里帆は「特別」という部分に何か思うところがあったらしく上目遣いで尋ねてきた。
改めて繰り返すとなると結構気恥ずかしいが、今日はサービス……しないとな。
「ああ……特別だよ」
「ふぅん……そうなのね」
素っ気ない感じの反応ではありつつ、里帆は静かにニマニマと笑い始めていた。……分かりやすいヤツだ。
僕は気を取り直す。
「……それはそうと、みんなも待機済みだしこのままパーティーに突入でいいな?」
「しょ、しょうがないから祝われてあげようじゃないの……」
そんなこんなで、素直じゃない本日の主役が到着した我が家のリビングは、それから比較的平和にお祝いの空気を醸成していくことになった。
◇
やがて宴もたけなわとなって、我が家には静けさが訪れていた。もしかしたら誰かが主役を出し抜いて僕といかがわしいことを……、なんて身構えていたが、さすがにそこまで人の心がないヤツは居なかったということだ。
だもんで、解散後の現在は僕の部屋でとある事が行われている。
「どうだ、気持ち良いか?」
「え、ええ、悪くないわね……」
腰元にタオルケットを掛けているだけのネイキッド里帆が、うつ伏せで僕のベッドに寝転がっている。僕は普通の部屋着姿で、オイルにまみれた手で里帆の全身を揉みほぐしているところだ。
そう、誕プレのアロマオイルで早速マッサージをやっているわけだ。
里帆が全部脱いでいるのは、どうせならしっかりやってちょうだい、という指示があったからだ。もちろん催眠アプリは使われていない。本日の主役の要望に従っているだけ。
現状は後ろを重点的に揉んでいて、里帆の背中はアロマオイルでテカテカ。そんな光沢が艶やかでえっちだし、うつ伏せゆえに潰れてハミ出た横乳もスケベだ。だからといって変な気分にはならないように気を付けているものの……、
「んっ……♡」
揉むたびに里帆が喘ぐもんだから気分はどうしても高ぶってしまう。
そんな精神状態はもちろん里帆も同じなようで――
「だ、ダメだわ……私もう限界……」
そう言って枕元のスマホを手に取ったかと思えば、
「……ねえ琉斗、もっと濃厚なマッサージをしましょうか……♡」
起動された催眠アプリ……。
……まぁそうなりますよね、って感じだし、僕としても辛抱たまらん部分があるので、これは甘んじて受け入れられる僥倖と言える……。
「さてさて、琉斗にはもっともっと隅々まで私のマッサージをしてもらわないといけないわね。ふふ、仕上げに身体の奥に白いクリームを塗ってもらったりとか♡」
ふぅ……虚ろな演技を崩さないように頑張らないといけないな。
◇side:萌果◇
さて、アロママッサージが色んな意味で苛烈さを増していく一方で、萌果は琉斗の部屋の前に佇んで聞き耳を立てていた。
なんのためかと言えば、嫉妬心を養うためである。
「(いいわよ琉斗……♡ そう、そうよ……奥のツボをしっかりトントンしてちょうだい♡)」
室内からはそんな里帆の声に混じってベッドの軋みまで聞こえ始めている。
その声や音をジッと聞いているだけで、萌果は自らの胸の内に悶々とした妬みが湧くことを実感する。
でもそれは不快ではなかった。琉斗が誰かとえっちな行為をしているのを認知して嫉妬心があふれるということは、自分はきちんと琉斗が好きだということ。
それを客観的に自覚出来るこの瞬間が、萌果にとっては大事だった。
嫉妬して好意を自覚することで、家族の壁を越えてでも琉斗を依存させたいと思う気持ちを強く保つことが出来る。
(負けないもん……)
ドア越しに響く嬌声を聞きながら、萌果は決意を新たにするのだった。
――――
つづく
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