第28話 小さな1歩

   ◇side:里帆◇



(……催眠アプリに頼ってばかりじゃダメよね)


 ある平日の夜。

 里帆はシャワーを浴びながらそんな風に考えていた。

 

 催眠アプリというトンデモガジェットを手に入れたことで、幼い頃からの想い人たる琉斗とえっちな戯れが出来ているのは自分的には満足している。


 しかし……しかしである。

 そんな日常が正常かと言えば――違う。


 催眠アプリは良いガジェットだが、それを利用して琉斗と戯れる行為は単なるお人形遊びの域を出ない。


(催眠アプリを使わない戯れも増やしていかないとダメだわ……)


 いつか素の気持ちをぶつけられるように、催眠アプリに頼らないコミュニケーションも大事にしなければならないのは自明の理である。

 

 なので里帆は今週末、琉斗を遊びに誘ってみようと考えている。

 

 小さい頃はしょっちゅう2人で遊びに出かけていたが、お互いが思春期に突入してからはめっきりそんなこともなくなった。先日のように部活の大会に呼ぶのが、今の2人にとってのお出かけの限度である。

 そんな寂しい関係の解消と、催眠アプリに頼らないコミュニケーションを増やす意味も込めて、真っ当に遊ぶ時間を作りたい。作らなければならない。


 そんなわけで、お風呂を済ませた里帆は髪や肌の手入れを整えてから、


「りゅ、琉斗……ちょっといいかしら?」


 隣家めがけて呼びかけを行った。久しぶりに遊びの誘いを掛けようとしているので、ちょっと緊張気味なのはご愛嬌である。


「ああ、どうした?」


 するとカーテンがシャッと開けられて、琉斗が顔を覗かせてくれた。

 いつどんなときであろうとも、呼べばすぐに応じてくれる幼なじみ。

 そんなレスポンスの早さが好ましいのは当然として、小さい頃から何かとプライベートを共有してきた里帆にとっては、なくてはならない大切な存在と言える。


 しかし面と向かってその想いを伝えることが出来ないからこそ、琉斗への態度は照れ隠しのツンが常。

 そんな接し方に慣れ過ぎて、里帆は今更素直になれないところがある。


 とはいえ、ずっとその態度で良いワケがないのも分かっている。

 だからゆっくりでもいいから少しずつ、一歩ずつ、変わっていかないといけない。

 そんな想いを胸に秘めながら、里帆は言葉を切り出していく。


「か、確認なんだけど……今週末ってどうせ暇よね?」

「どうせってなんだよ。まぁ実際暇だけどな」

「……なら今週末、お出かけしてみない?」

「お出かけ? ……それは何目的で?」

「ふ、普通に遊び目的で」

「……お前がその手の誘いを掛けてくるの珍しいな」

「わ、悪かったわね珍しくて」

「悪いとは言ってないだろ……でもお前、部活は?」

「今週末から期末テストに向けた部活停止期間なのよ」

「あぁ、そんな時期か……」

「そうよ……だからどうかしら?」


 スラスラと話しているが、今も心臓はバクバクだ。歯磨き粉の最後の一絞りくらいギュッと勇気を振り絞ってそう告げている。

 すると琉斗は意外そうな表情で、


「(そっか……催眠アプリに頼っての誘いじゃないんだな)」

「……え?」

「あぁいや、なんでもない……」


 取り繕うように首を横に振りながら、


「とにかく、まぁ、なんだ……遊びに行きたいんだよな? じゃあ行くか」


 と、琉斗はあっさり許可をくれて。


(!!!)


 それが嬉しかった里帆の胸中では――


 ――やったわ私!

 ――やれたわ私!

 ――WRYYYYY!


 と、小さい里帆の群れがサンバを踊ってフィーバーし始めていた。

 そんな胸の内をハッキリ示せば可愛げもあるのだろうが、オモテの里帆は性格上、素直には喜ばず、


「ふん。どうもありがとうね……ならせいぜい楽しませてあげようじゃないの」

「ちなみにどこに行く予定なんだ?」

「あ……それはまだ決めてないから、きちんと考えておくわね」


 シャワー中に急遽思い付いたことなのでプランは存在していない。

 幸い、週末までまだ時間はあるのでデートっぽい行き先を考えておこうと思った。


「じゃあそれはそれとして――」


 成すべきことを成した里帆は、どこか清々しい気分でスマホを取り出していた。

 その画面には催眠アプリを起動させている。


「――今夜も戯れましょうか♡」


 ……催眠アプリを使わないコミュニケーションを大事にしたいのは当然として、催眠アプリを使う時間というのも、それはそれで大事にしていきたいと考えている里帆なのである。


「ふふ、今日もおっぱいでぐにぐにシてあげるわね♡」



   ◇side:里奈◇



(おねえめ……まさか催眠アプリなしで琉斗くんをお出かけに誘うとは……)


 一方その頃。

 自室からコッソリと今の会話を聞いていた里奈は、目のハイライトを消して親指の爪をカリカリしていた。


(多分ロクに進展しないとは思うけど……見過ごせないね……)


 カーテンの隙間からちらりと琉斗の部屋を覗き込んでみれば、催眠アプリを行使した里帆がそちらに移動して早速いちゃいちゃし始めている。

 そんな様子を見て更に目のハイライトを失いつつも、寝取らせ趣味が維持されている部分もあるので若干興奮してしまう。


(はあ、はあ……色んな意味で楽しみかも……♡)


 こうしてモンスターの稼働も決定しつつ――


 やがて彼らは……週末を迎えることになる。



――――

つづく

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