第29話 嵐の前の
里帆と出かけることになった週末――日曜日を迎えている。
僕が今居るのは、水族館にほど近い都内某駅の改札前。
そう、里帆が誘ってくれた外出先はその水族館だった。
家から一緒に出ると、学校の誰かに見られたときがめんどくさい――僕も里帆もそう考えた影響で、僕が先にこの場を訪れての現地集合となった。
里帆はまだ来ていない。
さて……にしてもだ。
里帆が遊びに誘ってくれたのは本当に意外だった。
最近の僕らは仲が良いように見えて、絶妙に微妙な関係だ。間違っても仲が悪いわけじゃないが、催眠アプリ使用時の戯れを除けばさほどでもない。少なくとも、こうやって休日に遊びに出かける関係ではなくなっていた。
お互いが気難しい時期に突入してからは、せいぜい部活の大会に呼ばれる程度。そんな関係がここ数年は続いていたわけである。
だから里帆にこうして誘われたのは……結構嬉しい。催眠アプリに頼ってばかりじゃないぞ、ってところを見せてくれたのが、特に。なんというかこう、里帆も色々考えているんだな、っていうのが伝わってきて、ジンと来た。
このお出かけに何か問題があるとすれば、里奈ちゃんの妨害が入らないかどうか、って部分だろうか。僕らの外出の気配を嗅ぎ取って、今朝ハイライトオフの眼差しでジッと僕の部屋を見つめていたからな……。
……恐らく十中八九何かしてくる。
警戒を怠らないようにしたいところだ。
「――待たせたわね」
「来たか」
やがて里帆がおいでなすったので、僕は壁に預けていた背をおもむろに離した。
里帆はなんだか気合いの入った格好だった。
黒地のシンプルな半袖ブラウスにシースルーのネイビーカーディガンを羽織り、ハイウエストのワイドパンツ(ベージュ)を履いたコーデである。足元はヒールサンダルで、髪型はいつもと違ってポニテだった。
JKというよりは、なんだか休日のOLじみていてオトナっぽい。
なんも考えずに部屋着の半袖ハーパンで来た僕がいたたまれないぜ(白目)。
「なんつーか、お前の隣歩くの息苦しそうだな」
「か、感想のひと言目がそれってどういうことよっ」
「冗談だよ。僕のためにおめかしどうもな」
背高いんだからヒール履くなよ、とは思ってしまうが、僕のためにおめかししてくれたんだと思えば可愛いもんだ。
「ふん。別に琉斗のためにおめかししたわけじゃないわ。きちんと着飾りたかっただけよ。褒められたってちっとも嬉しくなんてないわね」
とのことだが、顔を嬉しそうにニヤけさせているのはなんなんすかね?
「そ、それより早速行くわよ。色々なショーがあるみたいだし、全部制覇してやろうじゃないの」
話題を逸らすかのように里帆が歩き出す。
やれやれ……今日は少しでも素直な里帆を見せてもらえるんだろうか。
――あたしも居るからね……。
(!?)
里帆と一緒に歩き始めたそんな折、無性に聞き覚えのある声がどこからか聞こえてきてハッとする。
振り返ってキョロキョロしてみると――ふた房の黒い髪の毛がふぁさっ、と柱の陰に隠れたような……。
「どうかしたの?」
里帆がキョトンと尋ねてくる。
「いや……なんか今あそこに里奈ちゃんが居たような……」
「里奈? あの子ならベッドに縛り付けてきたから来れないと思うわよ」
もはや妹に対する所業じゃない……。
……でもそういうことなら、ただの空耳? 見間違え?
それならいいけど、果たして……。
◇
……さて。
とりあえず気を取り直して、僕らは某水族館に入場した。
周囲の客層は陽のオーラビンビンのカップルや家族連ればかりで、直視出来ない幸せオーラに溢れている。
幼い頃スターウォ○ズに出てくるシスの暗黒卿に憧れていた僕にとって、こんなにもジェダイまみれの場所には居たくないのが本音である。地の利を得るのはほぼ不可能だろう。
「――あら可愛い」
ともあれ、里帆に連れられて最初に観ることになったのは、ちょうど行われていたペンギンたちの朝ご飯タイムだ。スタッフから貰った小魚を丸飲み中である。魚は飲み物。カレー如きを飲み物扱いしている人間さんサイドをあざ笑っていそうだ。
「可愛いってよりワイルドだな」
「平和な見た目でワイルドなところが可愛いのよ」
……可愛いか? ギャップがあるのは理解出来るけども。
まぁ女子の言う「可愛い」はただの感嘆詞だから真に受けないでおこう。
「琉斗って魚だったら深海に棲んでいそうよね」
「否定出来ないのが悲しいけど、望むところでもあるな」
ペンギンの朝ご飯タイムを見終えたあとは、ひとまず順路通りに見て回ることになった。ちょうど深海コーナーに差し掛かったのでそんなやり取りをしている。
「シーラカンス先輩と優雅に戯れつつ、たまに来る潜水艦とかに驚く生活がしてみたいもんだ」
「無駄にロマンがあるわね。ふふ」
里帆の表情は活き活きとしている。
僕のジョークで笑ってくれるのは珍しい。
そもそも僕がその手のジョークを口に出すのが珍しい。
意識してないけど、僕も結構テンション上がってるのかもな……。
「ところで琉斗……週末だけあって、わりかし人が多いじゃない? だから――」
そう言って里帆の手が、僕の手に這わされてきた。直後には指同士を絡めるようにギュッと手全体を握られて、僕は図らずもドキッとしてしまう。
「――はぐれないように手を繋いでいても……いいかしら?」
普段はツンツンしている里帆の、催眠アプリとは無関係の平穏な申し出。
お出かけの雰囲気にあてられてのことだろうか……ギャップと言うなら、これこそがまさに、だろうな。
「まぁ、好きにしろよ……」
目を逸らして、子供への接し方が苦手な不器用親父みたいに応じた。
「ふふ……あら、じゃあそうさせてもらうわね?」
すると里帆は、どこか余裕ありげに応じていた。
け……こういうときばっかり1個上のお姉さん感を出しやがって。
……まぁでも、僕はそんな里帆が嫌いじゃないんだ。
物心つく前から遊んでいた、隣の家のおねえちゃん。
僕が里帆に求めているのは、そういう部分だ。
だから繋がれた手に反抗しようとはせずに、そのぬくもりを味わいながら、引き続き水族館を楽しむことになった。
ひとまずは平穏に。
けれど迫る影があることを、なんとなく察しながら……。
――――
つづく
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