第25話 いいえ、ケフィアではありません

「あっちー……」


 週末。

 6月中旬なのに外は猛暑で、僕は日に照らされて汗だくだった。

 何をしているのかと言えば、試合観戦だ。

 里帆が助っ人として加入している女子テニス部の地区大会みたいなのが土日の運動公園で開催されていて、それの応援に来ている。

 僕が自発的に来たというよりは――


『――来れるなら観に来なさいよね(威圧)』


 という赤紙召集を掛けられ、まぁ予定もないので観に来たという経緯だ。

 今はちょうど団体戦のシングルスで里帆が試合をしているところだ。相手を圧倒している。

 

 こうして招集されるのは昔からのことで、里帆は僕に良いところを見せたがる節がある。助っ人として大会に出るたびに呼び付けられ、優勝風景を何度見せ付けられたか分からない。自慢か嫌味のつもりなんだろうな、と以前は思っていたが、今にして思えば僕のことが好きだから、良いところを見せて気を惹こうとしていた(いる)んだな、と理解出来るようになった。


 最終的に里帆は相手を容赦なく完封して勝利を収めていた。

 チームメイトたちも勝利で続き、チームは1回戦を突破したようだ。


「――琉斗、お昼を食べるわよ」


 午後に2回戦を控える中、里帆がそう言って僕のもとにやってきた。

 里帆の背後では「彼氏?」「里帆も隅に置けないな~」「きゃ~♪」などと茶化す声が木霊している。


「か、彼氏じゃないわよ。こいつは奴隷だから妙な勘違いをしないで欲しいものね」


 奴隷と来たか。

 相変わらず、表向きは僕への態度が辛口である。


「ほら行くわよ」


 運動公園の一角、ひとけのない木陰にいざなわれた僕は、里帆と2人きりでお昼を食べ始める。

 里帆が敷いたレジャーシートの上。

 そこに置かれた大きめのタッパーには、オーソドックスなおかずとおにぎりがぎっしりと詰め込まれていた。

 その弁当はおばさん(里帆の母親)が里帆に持たせたモノだ。

 僕の同行も考慮して中身が多めな気がする。


「試合、楽勝だったな」

「当たり前でしょう。私を止められるのはジョコビッチだけよ」

 

 どこから来るんだその自信は……。


「ところで、ご飯を食べ終わったらマッサージをお願い出来る?」

「……マッサージ?」

「ほ、ほら……こないだやってくれたじゃない。家で」


 あー……チャラ男断罪のお礼としてやったヤツか。


「アレをまたやってちょうだいな……午後への英気を養うために」


 ……こいつの方からその手のおねだりは珍しい。

 しかも催眠アプリ使ってないし。

 ちょっとした進歩、なんだろうか。

 まぁ、別に減るもんじゃないし承諾してやるか。


「分かった。食ったあとにな」


 そんなこんなで、引き続き腹ごしらえ。


 やがてタッパーの中身を空にしたあと、里帆がシートの上でうつ伏せになり始めた。


「じゃあ早速お願いするわ」

「おう……」


 本日の里帆は、女子テニス部のユニフォーム姿だ。

 上は白を基調としたポロシャツ。

 下は紺のショートパンツ。

 そんな里帆の隣に膝立ちで迫る。


「……変なところを触ったら承知しないからね?」


 そのツンな言葉を里帆専用翻訳機にかけると、変なところを触らない方が承知されない、って意味になる。日本語ムツカシイネ。


「……それと、私は今汗臭いはずだから口呼吸で接しなさい」

 

 それも裏を返せば、めっちゃ匂いを堪能しなさい、と言っているに等しい。

 注文の多いヤツだが、なるべく叶えてやろうじゃないか。


 ひとまず背中からほぐしていく。

 ポロシャツは触れた途端に分かるほど湿っていた。

 里帆のエキスを充分に吸い上げてやがる。

 すんすんと鼻を鳴らしてみれば、里帆の甘やかな匂いに混じって汗の臭いがむわっと漂ってきた。クサくはない。でも良い匂いとも違う。僕はかぐわしくて好きだ。


「こ、こら……嗅ぐなって言っているじゃない」


 そう言いつつも抵抗はしてこない。

 だから僕は普通に鼻呼吸を続ける。


「臭いを気にするなら着替えればいいだろ。湿ってもいるしな」

「ふん。言われなくてもあとで着替えるわよ……」

「なんで今着替えないんだよ」

「……どうせ暑くてすぐ汗まみれになるんだし、試合直前にカラッと乾いたモノに着替えて気分よく臨みたいのよ」


 ……きちんと理由ありきだったか。


「それより……背中なんて別に凝ってないから脚を揉みなさいな」

「……へいへい」


 その要求に天邪鬼な意図はないだろう。

 僕は言われるがまま手を脚に這わせ始める。


「どの辺がいいんだ?」

「……太ももかしら」


 里帆の太ももは、たとえば里奈ちゃんに比べたら太めだ。

 でも太すぎるわけではなく健康的な範疇。

 僕は片側から順に揉みほぐしていく。


「んっ……変なところは絶対に触るんじゃないわよ? 絶対だからね?」


 古き良き伝統芸能的な前フリが来たな……。

 なら、僕としてはそのお約束を守らないといけない。


「こ、こら……♡」


 ここが外であることを忘れる勢いで、前回同様に里帆の尻をむにっと揉んだ。

 無論ショーパンの上からだが、揉みごたえ抜群。

 もう赤ちゃんを産める腰付きがえっちだし、僕だけがお触りを許される環境もたまらん。ぐにっと広げたりして尻の感触を楽しませてもらう。


「さ、触らないでと言っているでしょう……どうしようもない変態ね……っ」

「なら抵抗したらどうだ? ほらほら」

「んっ……」


 催眠アプリで好き放題されているから、たまにはお返し。

 里帆はもちろん抵抗してこない。


 そんなマッサージが10分ほど続いた頃、里帆は「も、もういいわ……」と腰元をビクビク震えさせながらゆっくりと起き上がってみせた。

 それから――


「よ、よくも弄んでくれたじゃない……かくなる上は罰として、濃厚で新鮮なタンパク源をエネルギーとして補給させてもらおうかしら♡」


 そんな言葉と共に催眠アプリを見せ付けられた。

 里帆は舌舐めずりをしている。

 あぁ……これはつまり、プロテイン代わりにされる、ってことですかね……。


「さあ、あっちのひとけのない公衆トイレに行きましょう♡」


 ……こうして僕は、午後の部が始まることにはげっそりしていた。

 逆に里帆はツルツルのテカテカになって、午後も元気よく勝利を収めていたのである。

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