第26話 将来は

「あれ? 里奈ちゃん何してるんだ?」

「あ……琉斗くん」


 週明けの放課後。

 図書館からの帰り道。

 住宅街の半ばにある公園に差し掛かったところで、僕はそこのベンチでボーッとしている里奈ちゃんを発見した。

 僕の尾行もせずに黄昏れているとは珍しい。


「あのね、実は今日担任の先生との2者面談があったんだけど、」


 僕が隣に腰掛けると、里奈ちゃんはどこか遠い眼差しで応じてくれた。


「きちんと将来のビジョンは持っていますか、って先生に聞かれて、イマイチきちんと答えられなかったのがちょっとね~……」

「じゃあ今は将来のビジョンについて色々考えていたのか?」

「うん……」


 なるほどなぁ。里奈ちゃんも来年は受験生になるわけだし、ぼちぼち将来と向き合う時期ではあるのか。


「はあ……将来ってなんなんだろね」

「あんまり思い詰めない方がいいと思うぞ?」


 将来の意味すら考え始めるのは末期だ。


「僕が思うに、将来と向き合うのなんて大学受験からでも良いと思うんだよ。それまでは別に頭空っぽでも問題ないだろ」

「ないかなぁ」

「だって僕らより年上の、それこそ大学生だってボーッと生きてるヤツはたくさん居ると思うんだよ」


 某チコちゃんに叱られそうなヤツらで意外とあふれているのが、この世の中ってヤツだと思う。そしてそういう人たちが問題なく生きている以上、無駄に思い詰めるのは感情の無駄遣いってことだ。


「でも進みたい道があったりするなら、さっさと舵切った方がいいのは確かだろうけどな」

「琉斗くんは進みたい道、あるの?」

「僕はまぁ、工学系かな。V活やってるのも、プログラミング学習の一環だし」

「素体とか自分で作って動かせるようにしてるんだもんね。すごいなぁ」


 そう、僕は割とすごいと思う。自分で言うのもなんだけど、企業系の金掛かってるヤツらの素体と同等以上のモデリングだからな。3Dもあるし。

 最近バズったことでそこに注目してくれる人も増えて嬉しい限りだ。


「里奈ちゃんはやりたいこと、ないのか?」

「んー、まぁ実はひとつだけ進みたい道があるんだよね。おねえや氷海さんに負けたくない分野で」

「へえ、それって?」

「内緒。琉斗くんにはおおっぴらに言えることじゃないもん。だけど――」


 里奈ちゃんはひょいっと立ち上がると、くるりと身を翻して僕を振り返ってきた。

 その手にはいつの間にか催眠アプリを起動済みのスマホが握られている……。

 僕に放心状態を強いてきた里奈ちゃんは、直後にこう言ってみせた。


「――放心状態の琉斗くんにだけ教えてあげる。あたしが進みたい道は、琉斗くんのお嫁さんだよ♡」


 はい可愛い。


「もちろんお嫁さんって言っても専業主婦じゃなくてきちんと共働きするね♡」


 えらい。


「どういう仕事がしたいのかは悩み中なわけだけど、琉斗くんとのハメ撮りを売ったりするのってダメかな?」


 ダメゼッタイ! 


「まぁ危ないことはすべきじゃないと思うし、まずはおねえに負けないくらい良い成績残してバリキャリウーマン目指そっかな」


 そう、それがいいよ。


「てなわけで――今日も今からあたしの部屋で挟んであげちゃうね♡」


 前後の文章がまったく繋がっていない「てなわけで」だったが、そんな無茶苦茶な命令に逆らう術を僕は持っていない。

 なので里奈ちゃんの部屋にお邪魔したあと、僕は先日に続いて耐え忍ぶ時間と闘うことになった……。


 ……こんなお嫁さん貰ったら枯れ果てちゃうよ(げっそり)。

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