第59話 けじめツアー 2

「この時間までどこ行ってたの?」

「え……り、里音さんに忘れ物を届けに」


 さて、帰宅した僕は萌果と夕飯を食べ始めている。

 今夜の献立もスタミナが付きそうなヤツなので、萌果としては催眠アプリを使う気満々なんだろう。


 けれど、それを良しとしてはいけない。

 演技だったんだよ、と打ち明けて、催眠アプリで交わる関係は終わらせる。

 

 ふぅ、緊張する。

 でも里音さんに打ち明けた影響で、だいぶマシな気分だ。初回ほどの緊張じゃない。

 とにかく言うんだ。

 その結果として嫌われるならしょうがない。

 そんな風に考えながら、


「なあ萌果……お前にひとつ謝りたいことがあるんだ」


 と、早速切り出すことにした。


「謝りたいこと……? ……ってなに?」

「実は……僕はお前を騙してる」

「……騙してる?」

「ああ……演技で騙してるんだよ」

「……演技……?」

「催眠アプリのことだ」

「!?」


 僕の口から「催眠アプリ」の単語が出た瞬間、萌果はぷにろりな相貌に動揺の色を浮かべ始めていた。僕はそんな義妹に頭を下げる。


「ま、まさかりゅー兄ぃ……」

「ああ……僕はこれまで催眠アプリを食らったことは一度もないんだよ。催眠アプリは当たり前だけどニセモノでしかなくて、僕は単に演技をしてただけなんだ」

「…………」

「里帆の催眠アプリに演技し始めたのがコトの始まりで、それから僕は引くに引けなくなってた……でもいつまでも騙すのは無理だし不誠実だから、今こうしてけじめを付けて回ってる」

「…………」

「ごめん、萌果」


 僕は謝るしかない。そうすることしか出来ない。

 一方で、すべてを知った萌果の反応はと言えば――


「ほげ……」


 動揺を通り越して、もはや放心。口から魂を吐き出しそうになってる……。

 ……里音さんがあっけらかんとし過ぎていただけで、普通の反応ってこうだよな。

 

「すまん……」


 僕はすまんbotに徹するしかない。

 その後、永遠にも思える沈黙の時間が続いた。

 5分か、10分くらいだろうか。

 そんな中でようやく――


「別に……りゅー兄ぃだけが悪いわけじゃない……と思う」


 幾らか冷静さを取り戻した表情で、萌果はそう呟いてくれた。

 萌果……。


「あたしが……りゅー兄ぃを催眠アプリで手玉に取ろうとしてたのは事実だし、もし催眠アプリが本物だったなら、あたしの方が尊厳奪ったりしててエグいと思うもん……だから、りゅー兄ぃだけが悪いわけじゃないと思う、絶対に」


 そうか……萌果は怒るどころか、自分もアカンという自覚を持ってくれていたんだな。それはなんというか、兄として嬉しく思う。


「それにさ、真相がそういうことなら、別にあたしにとって悪いことじゃないと思うから……」

「……どういうことだ?」

「だってりゅー兄ぃ……幾ら演技しなきゃいけなかったとはいえ、あたしの赤ちゃんプレイに大人しく従ってたってことは、赤ちゃんプレイがイヤじゃなかった、ってことだよね?」

「そ、それは……」

「りゅー兄ぃはあたしが催眠アプリを初起動したときにあたしにだけ真相を打ち明けることだって出来たはずなのに、そうはしなかったわけで。要するにりゅー兄ぃは心の奥底に赤ちゃんを飼っているから、なされるがままになることを選択した、ってことでもあるんじゃないの?」


 お、オギャ……反論出来ない……!


「えへへ……そうやってりゅー兄ぃのバブーな一面を知れたと思えば、今回のことは全然怒る気にもならないっていうか……もちろん、内なるヒミツが全部知られていたのは恥ずかしいことだけど、りゅー兄ぃがこれからもあたしにバブーってしてくれるなら特に問題なし♡」

「えっと……」

「バブー、ってしてくれるよね?」

「…………」

「しろ♡」

「……はい」


 ……ママには勝てなかったよ(本望)。

 というわけで、食後――


「――じゃありゅー兄ぃ、戒めの赤ちゃんプレイでちゅよ~♡」

「ばぶ~」


 萌果と一緒にお風呂タイム。

 僕は湯船の中で萌果のつぼみにちゅぱっと吸い付いている。

 おいちい……おいちい……。

 戒めだから、僕は全力で赤ちゃんになる……。

 でもどうしても赤ちゃんじゃいられない部位が存在していて、乳白色の湯船の中で萌果もそれに気付いたようだった。


「こら~、勝手に大人びちゃう悪い子にはオシオキが必要でちゅね~?♡」


 そう言って萌果が何も見えない真っ白な湯船の中で僕に跨がろうとしてくる。

 嗚呼……!


「にひひ♡ 今日は大丈夫な日だから初めてのナマ搾りでちゅよ♡」


 な、ナマ搾り……。

 ――アサヒスーパードゥルルルルァァァァァィイ……!!

 搾りに搾られて、超乾いた状態で朝を迎えることになりそうだった(白目)。



   ◇



「ふぅ……次の懺悔は里帆か里奈ちゃんか」

 

 萌果との戯れはお風呂から上がったあとも案の定しばらく続くことになり、さすがに朝までコースにはならなかったものの気付けば日付が変わっていた。寝落ちした萌果にタオルケットを掛けて、僕は自分の部屋に戻っている。


 ……萌果と催眠アプリ無しできちんとぶつかることが出来て良かったと思う。

 結局禁断の関係が続くことにはなりそうだけど、不仲になるよりは……ね。


「ともあれ……里帆は部活ってことを考えると、明日……というか今日の日中に里奈ちゃんへのけじめを先に付けることになりそうか……」


 里奈ちゃんは……どうなんだろう。

 あっさり許してくれそうな気がするし、そうでもない気もする。

 とにかく、油断せずに行かないとな。


――――

つづく

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