第44話 混迷

「――えっ、萌果ちゃんにも催眠アプリ使われてんの!?」


 翌日の放課後。

 スケジュールの空いていた氷海に自宅まで呼び出され、例の如く、スキンを3つほど消費して僕らは衣服を着直しているところだ。今日はお高めのスキンじゃなくてお徳用のいっぱい入ったヤツを氷海が用意してくれていたおかげで気兼ねなくすることが出来た。生でもいいよ、とは言われたけど、今日は大丈夫じゃない日っぽいので遠慮しといた。

 

「きょ、兄妹で何しとん……禁断の関係じゃん……」


 それはそうと、ブラを着けながら氷海が目を見開いている。萌果とのことを一応報告した結果の反応だが、そりゃそうなって仕方ないか。


「いや……実は兄妹じゃなかった、ってオチなんだよ」

「え!?」

「血の繋がりがさ、なかったんだよ」

「……マ?」

「ああ……それで、里帆や里奈ちゃんの所業に気付いていた萌果が催眠アプリで色々やるようになってきた、って状況でさ……一応、まだ一線は越えてないんだけどな」


 昨晩はごっくんされたに過ぎない。


「そっかぁ……まー言われてみれば似てないもんね。にしても……琉斗の周りがドンドン色んな意味で凄いことになってきてんじゃん」


 確かに凄い、というかとんでもない状況だ。

 僕はすっかりヤリ○ンである。


「ハメ外し過ぎちゃダメだよ? 分かってる?」

「あのな……ハメが外れるかどうかの生殺与奪権は僕にないんだよ……」

「まー確かに……あたしら身の回りの女子が好き放題やってんだもんね」

「そうだよ……」

「で、そんな好き放題女子の1人であるあたしとの今日のプレイは良かった?」

「え、ああ、それはもちろん最高だった」

「そっかそっかw まーあたしとの戯れは演技要らんもんね。気楽で良いっしょ?」

「そうなんだよ。虚ろな演技をしながらヤるのは結構ムズくてな……」

「じゃあ自由にヤれる点であたしは一歩リードだね♪」


 煌びやかなブリーチヘアをるんと揺らして、氷海はどこか誇らしげである。


「氷海こそ良かったか? 僕が下手で痛いとかは?」

「それはない。ちゃんと気持ち良かったし」


 それなら僕としても良かった。


「じゃあぼちぼち帰るよ。またそのうちな」


 そう告げて立ち上がった僕の裾がぐいっと軽めに引っ張られた。もちろん氷海がそうしてきたわけで、一体なんだろうかと思いきや、


「ね……帰る前にキスしてよ」


 そんな可愛いおねだりだったので、僕はもちろん応じた――けれど、その影響で互いに再びムラッと来てしまい……うん、まあ、盛んな時期だからね、しょうがないね。

 

「はいビターチョコ」


 そんな追加の果たし合いを終えたのち、玄関で靴を突っかけた僕に対し、見送りに出てきた氷海が板チョコをくれた。


「……なんでチョコ?」

「チョコはアソコに効くから、回復にと思って」

「ああ、サンキューな」


 氷海の施しをありがたく頂いて、僕は帰路へと就くことになった。



   ◇



「――おかえり琉斗くん。氷海ちゃんのもとで楽しいことでもシてきたのかな?」

「……っ、り、里奈ちゃん……」


 やがてチョコを食べながら自宅の軒先に帰り着いたところで、そこに里奈ちゃんが待ち構えているというイベントが勃発した。氷海とのことが知られているのが怖いけれど、里奈ちゃんはそこに関してはそれ以上口出ししては来ず、


「ところで……琉斗くんにちょっとお願いがあるんだよね」


 と、少し緊張気味の表情でそう言ってきた。


「……お願い?」

「うん……聞いてもらってもいいかな?」

「……内容によるけど、ひとまず言ってみてくれれば……」

「あのね……」


 継続される緊張感を引っ提げて、里奈ちゃんが言葉を切り出そうとしてくる。僕にもにわかに緊張が伝播してきた中で、直後に繰り出された言葉は――


「――週末っ、あたしとデートしてくれないかなっ?」


 という発言を聞いて……ほー……。

 これはなんというか……驚いてしまった。

 ダークサイドに堕ちている里奈ちゃんが、催眠アプリを使わずに真正面から誘ってくるなんて驚きだ。誕生日プレゼントを買いに行くという大義名分も無いのに。


 でも、そうか……もしかしたら里奈ちゃんも、里帆と同じく催眠アプリに頼らない時間を大事にしようとしてくれているのかもしれない。

 それこそ、先日素の状態でお尻を触ったことが良い方向に働いた可能性がある。

 なら、この申し出を引き受ければ里奈ちゃんをある程度浄化出来るかもしれないわけで、引き受けない手はないな。


「分かった。じゃあ行こうか」

「いいのっ?」

「もちろん。ちなみに予定としてはどこに?」

「あ、えっとね、プールに行こうかなと」

「プールか。確かにもうそういう時期だもんな」

「うん。それにね……こないだ友達と新しい水着買ったから、琉斗くんに見せたかったりするし」


 暗黒微笑の使い手たる里奈ちゃんが、照れながら可愛らしいことを言っている……これは夢か、幻か……いいえ、お使いのテレビは正常のはず。


「じゃあ琉斗くん……今度の日曜日だからね?」

 


   ◇side:萌果◇



(今度の日曜日……)


 さて――一方その頃、ちょうど琉斗と里奈が軒先でそんな会話をしているタイミングで帰ってきた萌果は、生け垣の陰に隠れながら目のハイライトを消していた。


(あたしが部活をしているあいだ、里奈ちゃんはりゅー兄ぃとプール……ズルい)


 琉斗への想いが段々我慢出来なくなってきている萌果である。

 ゆえにこんな考えが瞬時に頭をよぎった。


(……二人きりにはさせないもん)

 

 乙女には、時に部活よりも優先せねばならないことがある。

 だから萌果は直後に足を踏み出し、


「――ちょっと待った」

「っ。も、萌果……」


 驚く琉斗をよそに、萌果は小柄な身体を躍動させてズンズンと里奈の前に歩み寄っていく。

 そして、


「ねえ里奈ちゃん、そのプールあたしも行くから」

「へえ……聞いてたんだ?」


 里奈の瞳からもハイライトが消えていく。それを見た琉斗が怖気立ったのを尻目に、2人の会話は続けられる。


「萌果ちゃんって日曜は部活じゃないの?」

「休みだし」


 もちろんウソである。


「だから行くもん。よろしくね、里奈ちゃん」

「ふーん……ま、しょーがないね。琉斗くんは別にあたし1人のモノじゃないから、仲良く扱わないといけないもんね?」


 ハイライトが消えた者同士、握手を行う。決して仲睦まじいモノではなく、双方の手にはギチギチと力が入り込んでいた。


 そんな中で琉斗は、(……里奈ちゃん浄化計画が早々にご破算しててワロタ……)と白目を剥いていたのである……。



――――

つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る