第36話 ニューフロンティア

「ねえねえ琉斗くん、ここの答えってコレで合ってる?」

「ああ、合ってるよ」


 里奈ちゃんとの勉強会は今のところ平穏に進んでいる。ローテーブル越しに向かい合い、僕がたまに里奈ちゃんの勉強を見ているわけだ。

 このまま平和にお開きまで行ければ理想的だが、果たして里奈ちゃんが何も仕掛けてこないなんて事があり得るのだろうか。

 

 いいや、絶対にあり得ない。アカシックレコードに記されていてもおかしくないくらい、里奈ちゃんがこのあと仕掛けてくるのは決まり切ったことだ。里帆がお情けでおあつらえ向きの状況をそれとなく用意してくれたし、僕も同情して直帰済み。里奈ちゃんがそれに乗っかってこないはずがないよな。


「ねえ琉斗くん、いきなりで悪いけど、ちょっと友達の話を聞いてもらってもいい?」


 身構えながら勉強を続けていると、当人の言葉通りにいきなりそんな話を持ちかけられ、首を傾げてしまった。


「え? ……友達の話?」

「うん、相談みたいなものなんだけど、いいかな?」

「まぁ……じゃあ聞くだけ聞くよ。良い答えが言えるかは分からないけどな」


 無下に扱うのもどうかと思って先を促すと、里奈ちゃんは「うん、ありがとう……じゃあ話すね」と前置きしてから言葉を切り出し始めてきた。


「あのね、その友達は自分が横恋慕かどうかで悩んでるんだって……」

「横恋慕かどうか?」

「うん……その友達にはお姉ちゃんが居てね、友達はそのお姉ちゃんと同じ人を好きになったんだって。好きな人っていうのは、近所に住んでる幼なじみの男の子らしいんだけど」


 ……なんか、どっかで聞いたことがあるような関係性だな。


「でね、3人の中ではその友達が一番年下だから、お姉ちゃんの方が先に近所の男の子と出会っているし、先に男の子を好きになったのもお姉ちゃんの方らしくて」

「あぁ、だから……あとから好きになった自分が横恋慕なんじゃないか、って悩んでいるわけか」

「うん……でもさ、実際どうなんだろうね。それって横恋慕なのかな……」


 里奈ちゃんはどこか神妙な表情を浮かべていた。


「……お姉ちゃんの方が先に生まれた分だけ先に近所の男の子と出会っているのは確かで、だからそのカップリングが一番綺麗に収まるのかもしれない、っていうのは分かるよ。でもさ、じゃあ……妹は我慢しないといけないのかな」

「……」

「近所の男の子とお姉ちゃんがドンドン先に進んでいくのを、指を咥えて大人しく見ておいた方がいいのかな……大人しく身を引くのが正解ってこと?」


 ……この話って、本当に友達の話なんだろうか。

 ひょっとしたら里奈ちゃん自身が密かに思い悩んでいることを、友達の話として吐露されているんじゃなかろうか。昨日のことがきっかけで、何か思うところでもあって……。

 どうなんだろう、分からない……。

 でも、でもだ……もし仮にそうだとするなら、僕は里奈ちゃんにこう言ってあげなきゃならない。


「それはさ、多分、やりたいようにやればいいんだと思うぞ、その友達の思うがままにさ」

「っ……、……いいのかな」

「だってその近所の男の子も、お姉ちゃんばかりに興味があるとは限らないわけでさ。その友達のことも同じくらい好きかもしれないだろ?」


 僕は実際そうだから、氷海も含めて選べない。

 そんな悩ましい状態が続いている。

 だからせめて平等に触れ合いたい。

 そう考えて過ごしているのが今の僕である。

 

「だから、その友達にはこう言ってあげればいい。――我慢は良くないぞ、ってな」

「――――」


 暫時、里奈ちゃんは何か天啓を得たかのように目を見開いていた。

 そして直後に顔を伏せたかと思えば、小さく肩を震わせながら楽しげな笑い声を漏らし始めている。

 なんだこの反応……。


「あは、あはは……」

「お、おい、里奈ちゃん……?」

「うん、うんうんうん……じゃあ、琉斗くんの話を真に受けていいなら、あたしはこれからも攻め続けていい、ってことだよね?♡」


 そう言って上げられた顔に貼り付いていたのは、ハイライトオフの笑顔。

 そして手中には催眠アプリ起動中のスマホ。

 その反応、その言動……今の話はやっぱり自分のことだった、ってことらしい。

 なら里奈ちゃんのお悩みを解決出来て良かったぜ……って話のはずなんだが、なんだかイヤな予感がするのはなんでなんですかね(白目)。


「さてと……昨日は琉斗くんがおねえに童貞取られちゃったの、ホントにショックだったなぁ」


 虚ろな演技を始めた僕に対して、里奈ちゃんがそんな風に語りかけてくる。


「でもあたし、めげないもん……いま琉斗くんからありがたい言葉を貰えたわけだし、おねえに遠慮せずあたしもえっちなことするから♡」


 だそうで、ローテーブルを回り込んできた里奈ちゃんが部屋着を脱いで清純な白レースの上下をお披露目してくれていた。

 いきなりこんな風に脱ぎ始めるのは、それだけ昨日のお預けで悶々と溜まっているモノがあるのかもしれない。

 つまり今の里奈ちゃんは……飢えた獣か。

 

「……ホントは琉斗くんと一緒にお互いの初めてを捨てられれば良かったんだけど、今の状況は今の状況で別に良いかなって思ってるんだ♪ だっておねえの穢れをあたしが上書きしてあげられるってことだもんね♡」


 ポジティブなはずなのにドス黒いオーラを感じるぜ……。


「でね、どんな上書きの方法が良いかなぁ、ってメチャクチャ迷った結果として、普通にえっちするのも良いけどそれじゃ結局おねえと一緒だからダメ、って思ったの」


 ……なんだろう、マジでとんでもないことを言われそうな予感がするぞ……。


「そこであたしは考えました――おねえが琉斗くんに初体験を捧げたように、あたしも琉斗くんにおねえとは別の初体験を捧げられればいいんじゃないか、とね」


 ……おねえとは別の初体験?


「えへへ。ズバリそれは何かって言うと――前じゃなくて、ってことだよ♡」


 あっ……(察し)。


「えへへ、下校してすぐにしておいたからだいじょーぶ♡ 遠慮なくシてね♡」


 とのことで、こうして僕はこのあと……あまりの背徳感に虚ろな演技どころじゃなくなりかけながらも、どうにかこうにか新たなフロンティアを開拓したのである……。


 ……最高でした(小声)。

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