第17話 案の定

「へえ、今日は氷海ひみちゃんと遊びに行くの?」

「そう、オタ系のショップ巡りにな」


 土曜日を迎えている。

 学生の週末は、部活をしているかどうかによって当然忙しさが違う。

 助っ人として休日の部活にも参加する里帆と違って、ホワイト極まる帰宅部の僕は外出の予定が組み込まれている。

 ギャル化していた腐れ縁オタ子・氷海と久々に遊ぶ予定だ。


「ふぅん……休日にわざわざ琉斗と遊ぶなんて、人生を棒に振っているわね氷海ちゃん」


 身支度を整えながら、部活前の里帆と窓越しの会話。

 相変わらず素の僕にツンなのは置いといて……里帆も氷海との面識はある。小学校と中学校が一緒だったし、僕が繋ぐ形で一緒に遊んだことも数知れず。里奈ちゃんも含めて、遊び仲間だったと言える。


「そういえば、氷海ちゃんは高校でも貞子スタイルなのかしら」

「ギャルになってたよ」

「えぇ!? こ、高校デビューしていたの……?」

「その通り」

「……りゅ、琉斗ってギャルは好き?」

「まぁ、嫌いじゃないけど」

「スケベ」

「なんでだよ!」

「ふん……とにかく、ハメを外し過ぎないようにね?」


 そんな言葉を言い残して、運動着姿の里帆が荷物を担ぎ出し、部活へと繰り出していった。

 まったく……僕と氷海の仲なんて今更心配する必要もないだろうに。

 ただのオタ友だ。

 氷海だってそう思っているに違いない。

 

 ともあれ、僕はまだ出かけるまで時間がある。

 朝メシでも食べておくか。


 そんな中、ふと視線を感じた。

 見れば、里奈ちゃんが自室の窓からジッと僕のことを捉えている……。


 ……里帆にお尻ぺんぺんされてから、里奈ちゃんは大人しくなっている。

 けど、今日はどうだろう。

 氷海とは2人で出かける予定だし、里奈ちゃんはオタクじゃないから誘ったところで、って感じなので誘ってないが、この雰囲気は何かをやってきそうな気がする……。

 一応、警戒して過ごしておこうか。

 


   ◇



「――やっほー琉斗! 待ったっ?」

「いや、僕も今来たばっかだ」


 午前10時。

 最寄り駅での待ち合わせ。

 改札口付近で、僕は氷海との合流を果たしていた。


「にしてもお前……ほんとに変わったな」


 貞子だったのに、今や金髪ギャル。

 昔は英字Tシャツとジーンズばっかで気を遣ってなかった私服も、なんかこう、めっちゃオシャレなブラウスとハイウエストパンツとヒールサンダルになってるし。


「オシャレに関してはまだ修行中って感じだけど、どうかな?」

「ああ、似合ってると思う」

「でゅへ、ありがと♪」


 笑い方は相変わらずオタ的なひと癖を感じるが、そういう面影が残ってる方が安心出来るな、なんとなく。


「じゃあ琉斗っ、早速行こ?」

「おう」


 そんなこんなで、僕らは電車で移動を開始。

 やがて到着したのはアキバ。

 この街を女子と歩いているとチョットした優越感を感じられる。


「――あっ。今季はこのアニメ面白いよね! あたし原作持ってないんだけど買った方がいい?」


 早速アニメ系ショップを巡り始めた矢先、そんな質問が。

 どれ、オタ趣味を叩き込んだ師として答えてやろう。


「買いだよ。あのアニメ所々改悪されてるからな」

「え、面白いのに?」

「面白いのは原作が面白いからだ。あのアニメが面白いって思えるなら、原作はもっと面白く思えるはずだよ。はしょった面白エピソードがどんだけあることやら」

「おー、そうなんだ。さすが琉斗、良い情報持ってんね。じゃあ買っとこ」


 そんな感じに色々と布教し、やがてお昼を迎えたところで某ファストフードへ。


「そういえば琉斗、里帆さんや里奈ちゃんとは上手くやれてる?」

「ああ、まあな」


 最近値上がりの激しいハンバーガーを食べながら応じる。

 昔は「100円あったらマ○クに行こう!」なんてCMがあったらしいけど、今じゃ100円あってもなんも買えないよな。

 元々は80円で買えたんだぜ? とマウントを取ってくるヤツが居たら、そいつは間違いなくジジイかババアだ。

 Z世代のマ○クは170円からである。


「……どっちかと付き合ったり、とかはしてない?」

「全然だよ」


 催眠アプリのせいで良いようにされてはいるけどな……。


「じゃあ琉斗は現状フリーってことでおけ?」

「おけ」

「……ヨシ」


 何がヨシなんだ。

 現場キャットか。


「ところで氷海、お前こそ最近どうなんだよ。無理はしてないんだよな?」


 高校デビューは結構なことだが、頑張りすぎて自分を追い詰めたりしてなきゃいいんだが。


「それは大丈夫。むしろ楽しいよ」


 僕の心配をよそに、氷海はシェイクをすすりながらあっけらかんと応じてくれた。


「琉斗とつるんでばっかの頃はオタ趣味しか嗜んでなかったけど、今は新しい友達とメイクやらネイルのこと話したり、下校んときにスイーツ食べに寄り道したりしてさ、ちょー楽しいんだよね」

「なら良かったよ」


 どうやら順調に新生活を送れているらしい。

 僕に引っ付いてばかりの頃を思えば、女子らしくて良いんじゃないかと思う。


「でも今日こうして久々に琉斗とアニメショップ巡ったりしてて思うのは、やっぱ性に合ってんのはこっちかもなー、ってことね」

「まぁ、こういう息抜きならいつでも付き合うし、今日に限らず誘ってくれれば」

「うん、ありがと♪」


 なんかお別れ前の会話みたいだが、午後からもガッツリ一緒に巡る予定である。


「じゃあ僕ちょっとトイレ行ってくるから」

「うん、いてら~」


 ふと尿意を催したので、僕は店内のトイレへ。

 ところが、無駄に並んでいた……。

 ちっ……漏れそうなのに。

 こうなったら近くの公園に行くか。


「おっしゃ、無人」


 公園の公衆トイレは打って変わって貸切状態。

 僕はチャックを下ろして放水開始。

 サクッと済ませたあとは、きちんと蛇口で手を洗う。

 それから外に出たところで――


「――琉斗くん♪」


 !?

 いきなり聞き覚えのある声が……。

 ギギギ……、と油の切れたオモチャみたいにそっちに目を向けてみれば――


「――誘って欲しかったのに誘ってくれなかったから、我慢出来ずに来ちゃった♡」


 ひェっ……。

 そう言っていきなり僕の鼓膜を震わせた声の主は、催眠アプリを見せ付けながら真横にヌッと現れた里奈ちゃんであった……。



――――

つづく

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