第8話 増えるんです

「――さあ琉斗、今夜は添い寝をしましょうか。放心状態になりなさい」


 あくる日の夜。

 就寝前に里帆が現れたと思いきや、そう言って催眠アプリを見せ付けてきた。

 ……スムーズに放心状態を命じてくる姿にはサイコパスみがあるな。


 そんな風に思いながら、僕はしょうがなく虚ろな演技を開始した。

 元からベッドに横たわっている僕の隣に、薄着姿の里帆がごろんと寝転がってくる。

 ……目的は添い寝らしいが、本当に添い寝だけで済むんだろうな?


「ふふ、琉斗ったらボディソープの良い匂いを漂わせているわね♡」


 疑う僕をよそに、里帆は僕の胸元に顔を押し付けて僕の匂いを堪能し始めていた。

 本当にこいつ……変態だよな。

 普段の僕には絶対こんなことをしてこないという意味で極度のムッツリでもある。


「すう、はあ……たまらないわね。琉斗のスメルがアロマとして売られていたら10万まで出せるわ」


 どんだけだよ……。


「ふぅ……さてと、じゃあ今度は琉斗が私をくんくんしてちょうだいな♡」


 催眠アプリを見せ付けられながら、命令を重ね掛けされた。

 ……どこを嗅げばいいんだろうか。


「素の深層心理で一番嗅ぎたい場所を嗅いでもらえるかしら?」


 むむ……それなら、どこだろう。

 本心を言っていいなら、すごくセンシティブな部分に顔を押し付けて猛烈な深呼吸をしてやりたい気分だが……それはさすがに変態認定を食らいそうだからやめておこう。無難に首筋でも嗅いでおくか。


「あら……琉斗ったら真面目なのね」


 僕が首筋に鼻を押し当て始めると、里帆は意外そうに呟いた。深層心理で一番嗅ぎたい場所が首筋、ってことになると、確かに真面目に映るのかもな。


「ふふ。でもそういう琉斗が好きよ……♡」


 どうやら首筋のチョイスが無駄に好感度を稼いでしまったようで、里帆が柔和に微笑みながらついばむようにキスをしてきた。


「さてと……じゃあこのまま添い寝、と洒落込みたいところだけれど、私は下着を替えないといけない状態だから今日はこれにておしまい……♡ あなたは私が立ち去った10秒後に正気を取り戻す……いいわね?」


 催眠アプリを見せ付けながらそう言い残して、里帆は自室へと戻っていった……。


 ……ふぅ、耐えてやったぜ。




   ◇




 ところで、一方その頃――


(……おねえ……暴走してたなぁ……)


 今の光景をひっそりと覗いていた者が居る。

 それは何を隠そう――里帆の妹・里奈である。


 彼女の部屋は里帆の隣室だ。なので窓から琉斗の部屋に移動することは出来ないが、斜向かいのその場を覗くことは出来るのだ。カーテンの隙間からこっそりと。


 最近、姉が変なことをしていることには気付いていた。

 じかに見るのは初めてだったので今の変態スキンシップには驚いてしまったが、そんな中でひとつ気になることがあった。


(なんか……おねえがぐるぐるの画面見せたら、琉斗くんが言いなりになってたよね……?)


 俗に言う催眠アプリというヤツだろうか。

 姉はもしかしたら、それの本物を持っているのかもしれない。


「……これかも?」

 

 スマホのストアで「催眠アプリ」で検索を掛け、姉が使っていたモノと同一っぽいモノをやがて発見した。


「これを使えば……あたしも出来るかな。琉斗くんを、好きなように……」


 昔から大好きな幼なじみのお兄ちゃん。

 募る思いが引き金となって、気付けば里奈は、催眠アプリのインストールボタンをポチッとタップしていた。

 本物のワケがないと思うものの、一縷の望みと共に――。

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