第23話 そう来るか

「ちょっと琉斗……昨日の配信ってどういうことなん?」


 夕方。

 僕は氷海から駅前のファミレスに呼び出されていた。


 こいつは僕が邪馬蛇だと知っているどころか、趣味のイラストで僕にキャラデザを描いてくれたヤツである。

 要はママ。

 ゆえにあの配信をチェックしていたという経緯だ……。


「……先日の試着室の件もそうだけどさ、なんか琉斗変じゃない?」

 

 パフェを食べながら、氷海が訝しげに僕の表情を窺ってくる。


「いきなりあたしのおっぱい揉んできたり……昨日なんて里帆さんと赤ちゃんプレイしてたわけでしょ? マジでどうなってるの?」


 確かに何も知らない第三者からすれば正気を疑う状況だ。

 つまりはいよいよ……僕の現状を明かさざるを得ない第一号が出現したってことになるか。

 いずれ説明する、って氷海には先日言ってあるわけだしな。


「……じゃあ話すけど、このことはくれぐれも内密にする、って約束出来るか?」

「あ、うん。もち約束する」

「分かった、じゃあ話すよ」


 そんなわけで、僕は氷海に明かすことにした。

 催眠アプリの件について余すことなく。


「――そ、そんなことになってるの……?」


 すべてを聞いた氷海は困惑の表情を浮かべ始めていた。


「里帆さんが使ってきた偽物の催眠アプリをわざと食らった結果……色々と気持ちのウラ側を知っちゃって、後戻り出来なくなった、ってこと?」

「まぁそういうことだな……」

「しかも里奈ちゃんも使い始めて、それにも従ってる感じ?」

「ああ……里帆に演技だってバレないためには、里奈ちゃんの指示にも応じないとダメだ、って思ってな」

「……めっちゃカオスじゃん」


 確かにカオスだ。

 でも素直になれない僕らは、催眠アプリで助かっている部分もあるのかもしれない。

 そう思う部分がないでもなかった。


「ちなみにさ……ど、どんくらいえっちなことされてんの? 最高だと」

「最高だと……今朝里帆から挟まれた」

「は、挟まれたって……えっと、こういうヤツ?」


 照れた表情を浮かべた氷海が、自分の胸を両サイドから押し上げ、上下にたぷたぷと揺らすジェスチャーを始めていた。


「……そう、それな」

「うわ……里帆さんえっちだ……」


 実際、とんでもなくえっちだった……。


「……で、琉斗はそれにただ黙って耐えてたの?」

「まあな……演技がバレるわけにはいかないし」

「……なるほどね」


 氷海はパフェをひと口食べてから、おさらいするように呟く。


「じゃあとにかく……里帆さんも里奈ちゃんも琉斗に好意を持ってて、その好意の発露として催眠アプリを使ってきてて、一方の琉斗としては一旦始めた演技を今更やめるわけにはいかない、って感じで膠着してるんよね?」

「要約するとそうなるな」


 改めて考えるととんでもない状況だ。


「……琉斗はそれ、これからも続けるの?」

「やるしかないだろ……里帆と里奈ちゃんの気持ちを盗み聞きしてるようなもんだし、それを明かしたときにどうなるか分からない以上、現状維持が平和なはずだ」


 健全じゃないが、必要悪だ。


「ちなみに琉斗は……里帆さんと里奈ちゃん、どっちが好きなん?」

「え……それはまぁ、選べないというか……」

「ふぅん……じゃあもっと惑わしてもいい?」

「え?」

「琉斗のこと、あたしも好き……」

「!? お、お前な……からかってんのか?」

「……そんなんじゃないし」


 氷海は綺麗な金髪を指でクルクルしながら、


「小学生んときから一緒に遊んでた唯一の異性なんだし、好きにならないわけがないじゃん……」

「……」

「貞子呼ばわりで女として見られないのイヤだったから、進学を機にこうして色々変えたわけでさ……」

「……マジかよ」

「マジマジ……。だから、悪い提案してもいい?」

「悪い提案?」

「ヒミツをバラされたくなかったら、あたしともえっちなことして欲しい……」

「!? お、おい! それはお前約束が違うじゃないかよっ」


 内密にするって約束してくれたから話したのに!


「だって……里帆さんと里奈ちゃんだけズルいなって思ったから」

「だからってなぁ……」

「でも、琉斗にとっても悪い話じゃないと思うんよね……あたしとえっちなことしてくれればそれでいいわけだし」


 それはそうだが……。

 にしたって、うーん……。

 まぁでも……氷海も僕のことが好きらしい。

 だったらこの要求は本人が言っている通り、里帆や里奈ちゃんをズルいと思うがゆえの、いわば嫉妬。

 僕を貶めたい意図があってのことじゃない。


 貞子時代の氷海は引っ込み思案だった。

 そんな氷海が、感情を発露してくれるのは嬉しい。


 僕にとっては氷海も大事な幼なじみ、というか腐れ縁だ。

 そんな氷海の要求を無下には……出来ない。


「分かった……じゃあ軽い感じなら、別に」

「いいの? やったっ……ありがと」


 こうして僕らは場所を移動。

 近場のネカフェの安いシートに入室し、


「じゃあ……あたしも挟んだげる」


 ……オナシャス。

 


   ◇side:里奈◇



(……おねえも、氷海さんも、豊満アピールぱっかり……まだ発展途上なあたしへの当て付けかな……?)

 

 琉斗たちが居る部屋の隣のシートでは、こっそり琉斗を尾行していた里奈が目のハイライトを消して聞き耳を立てていた。


 ちなみにだが、ファミレスでの2人の様子は外から窺っていたため、里奈は先ほどの2人の会話を聞き取ることが出来ていない。

 なので琉斗が催眠アプリに対して実は演技をしている、という真実に関しては依然として気付いていない状態である。


 ともあれ、


(こうやって琉斗くんが誰かとスるところを聞いて悶々とするのもいいけど……結局あたし、自分で戯れたいのかも)


 変態性癖に覚醒したかと思いきや、ちょっとずつ原点回帰の考えになっている。


(だからあたし……今日は我慢するのやめる♡)


 里奈が動き出すときは――近い。

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