第32話 南無
◇side:氷海◇
(……琉斗のSOSにあったラブホって、多分ここだよね)
さて、琉斗からの救難信号を受け取った氷海は、実のところ本日偶然にも同じ街に遊びに来ていた。
友人たちに「ちょっと急用出来た!」と言い残して別れたあとにこうして即座に琉斗のメッセージにあったラブホにやってきている。
里帆への情報提供はしておらず、自分で助け出そうと考えている。卑しい自覚はあるが、その方が琉斗の気を惹けるはずだからである。
「あら……もしかして氷海ちゃん?」
しかし中に入ろうとしたそのとき、耳朶を打つ声があった。ハッとして振り返ってみると、そこに佇んでいたのは不機嫌オーラ全開の黒髪美少女。
そう、里帆である。
「あ……里帆さん」
「やっぱり氷海ちゃんなのね? だいぶ様変わりしているけど佇まいで分かったわ」
氷海の隣に並び立った里帆は、正面のラブホを見上げている。
「氷海ちゃん、ここに何か用?」
「え、あ、えっと……」
自分の手で琉斗を助けようとしていたわけだが、里帆が目の前に現れてしまっては話が変わってくる。里帆の不機嫌オーラに気圧されたこともあり、
「こ、ここに琉斗と里奈ちゃんが入っていくところを目撃したんですよ……」
と、氷海は結局琉斗の作戦通りに動くことになった。でもこれはこれでいいはずだ、と思う部分も多分にある。やはり卑しい行動に出るのは、根が小心者の自分には向かない。
「やっぱりね」
「……やっぱり、ですか」
「ええ、ここから里奈の禍々しいオーラが滲み出ているのよ。それを追ってここまで来られたから、氷海ちゃんの今の言葉で更に確信が持てたということ」
(ど、どうなってんのこの人……)
もはや人外の域に到達していそうな気配探知能力である。
「さてと、じゃあ乗り込まないといけないわね。このままだと琉斗と里奈が合体しかねないわ。……氷海ちゃんは来ちゃダメよ?」
ギロッ、と鋭い目付きで釘を刺された。
突入した里帆が何をするつもりか知らないが、きっと里奈がグロテスクに処されるはずなのでそれを見たいかどうかで言えば見たくない氷海としては、大人しくコクコクと頷くしかなかった。
「良い子ね。じゃあ私は行くから」
「でも……里帆さん入れるんですか? 第三者として突入って……」
「このラブホ、複数で入れるみたいだから後から合流したテイでフロントに掛け合ってみるわ」
とのことで、そのまま颯爽と中に踏み込んでいってしまった。
(どうなるんだろ……)
氷海は一旦蚊帳の外。
本当は立ち会ってみたい気持ちもあるが、ここは一歩引いておく。
(あたしはあくまで陰の者だからね……2番手3番手でいいし)
それが本心からの考えかどうかは、氷海自身まだよく分かっていない。
◇side:里帆◇
(さて……まずは里奈を処さないといけないわね)
追加料金を支払うことで無事に合流を果たせることになった里帆。
部屋のオートロックはフロントの方で外しておくから、とのことで、カードキー等は受け取らずに目的の部屋に移動中である。
(まだ……大丈夫のはずよね?)
里帆が心配しているのは、すでに琉斗が里奈の餌食になっていないかどうか、という部分だ。もしそうなっていたらどうするべきか。とりあえず里奈の天命を終わらせることに尽力するだろうか。ということは、やるべきことはさして変わらないのかもしれない。
ともあれ、色々と落ち着かない気分で里帆はやがて2人が居る部屋の前にたどり着いた。ドアノブを回してみると、オートロックはきちんと遠隔で解除されていた。ゆっくりと中に足を踏み入れてみると、2人の衣服が散らばっていることに気付く。もちろん下着も。そして肝心の2人の姿は室内には見当たらなかった。
(ということは……)
里帆の視線は浴室に向いた。そそくさとそちらに近付いてみると、シャワーの音が聞こえてくるのに加えて――
「――ねえ琉斗くん♡ ここをこ~んなにしてるってことはさぁ、あたしとのコトを期待してるってことだよね?♡」
そんな風に語りかける里奈の声が耳に届いてきた。それに対する琉斗の返事はないので、催眠アプリで自我を奪っているのは間違いないだろう。
(……どうしてくれようかしら)
今すぐ突入して血祭りに上げるべきか。
あるいは、もう少し泳がせて里奈が勝ちを確信したところで突き落とす方が楽しいだろうか。
(恐らく里奈は初めてを浴室で散らすつもりはないでしょうから、まだ琉斗を襲ったりはしないはず……)
つまり泳がせる余裕はある。里奈の勝ち確ムーブを見届けてからトドメを刺す感じで行っても大丈夫だろう。
(じゃあ私はそれまで……)
ちら、と里帆の視線が捉えたのは、人が1人くらいならどうにか入れそうな上着収納用クローゼットである。
里帆はその中に入り込んでドアを閉めた。
――虎視眈々と、そのときを迎えるために。
◇side:里奈◇
やがて琉斗とのお風呂を済ませた里奈は、互いにバスローブを羽織った状態でベッドの方に戻ってきた。
「さてさて、おねえは今頃慌てふためいて琉斗くんのことを捜してるんだろうねw」
もはや愛しの琉斗と脱処女待ったなしの状況である。
里奈は思わずほくそ笑んでしまう。
「残念だったねおねえw あたしが一番最初に琉斗くんのこと食べちゃうから♡」
小馬鹿にするニュアンスをふんだんに込めた独り言と共に、琉斗の身体をベッドに寝かせる。バスローブを羽織ったまま、まずはちゅっちゅとキスの嵐を降らせ始めていく。
「好きだよ琉斗くん♡ ちゅ、んちゅ……一緒にオトナになろうね♡」
姉を出し抜いて琉斗と結ばれる事象以上に気持ち良いことなどありはしないだろう。その瞬間を想像するだけで里奈はお腹の奥が打ち震え、興奮度合いはエスカレートしていくばかりであった。
やがて琉斗のバスローブを脱がせ、自分も脱いだ。
「――えへへ、じゃあいただいちゃうね♡」
さて、もしこの直後からの様子がホラー映画であったとするならば、上映館内には悲鳴が轟いていたかもしれない。
ギギギ……、とどこかのドアが開く音。
それを察知した里奈が「え?」と混乱しながらそちらを振り返ったときに捉えたモノは――長い黒髪をだらりとさせて、その隙間から悪鬼の如き眼光を光らす異形であった。
「りぃ……なぁ……」
「ひィっ……おねえなんで……!」
「なんだっていいじゃない……それより、誰が今頃慌てふためいている、ですって?」
迫り来る悪鬼。
里奈は逃げようとしたが、逃げ場など当然ないわけで。
「――覚悟は……いいかしら……?」
「――ひぎゃああああああああああああああああああああ……!!!」
周囲の部屋からすれば「すげえプレイしてんだろうなぁ」と思えるほどの甲高い悲鳴と共に、里奈は無事に天へと召されたのである……。
――――
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます