第四話:決断


              ※※ 04 ※※



「あの、ヤロウっ!!」


 俺は今、校門へと続く、だらだらと長い坂を全速力で走っている。

 気分はタイムを縮めようと躍起になっている箱根駅伝の選手だ。


 陰鬱にとぼとぼ歩いている男子学生。

 朝からハイテンションな女子の団体。

 参考書を食い入るように見つめつつ、器用に坂を上る男子生徒。


 次々と追い抜いて行く先で、見間違うはずもない、少しカールの入ったツインテールを見つけた。


「灼ァ!」


 呼ばれた本人は動じることなく、先を進む。俺は最後の力を振り絞って、灼の前に出た。


「なんで今日、うちに来なかったんだ!? おかげで俺は……」


 大きく肩で息をしながら、訴える俺の横を、路傍の石の如く無視して歩く。


「ちょ! 待てよォ」


 灼の肩をつかむ俺。

 ようやく歩みを止めて振り向いた。

 その瞳が冷ややかで、思わず戦慄する。


「……痛い」

「あ、ああ……。すまん」


 慌てて手を放す俺。

 並んで歩くと、灼は若干、歩みを速めた。


「何の用?」

 

(取りつく島がない、こういう時に言うんだろうな……)


 自分の主張がしぼんでいくのを自覚しつつ、抗弁する。


「いや……だから、お前が」

「あんたを起こす理由があたしにあるの? 単なる腐れ縁なのに?」


 正論と灼の眼力に圧倒されて、思わず押し黙る。

 確かに、美少女ゲームのイベントのような朝を十数年繰り返してきた俺にとって、些末な習慣だ。

 しかし、突然なくなってしまうのには、やっぱり抗議したくなる。

 とは言え、今日の事態は、昨日のことが原因で、それは俺の責任。ここは素直に謝るべきだ。


「昨日はすまない」

「別にいいよ……」


 即答の灼。

 だが俺は、灼のセリフに反対解釈の回答しか出せず、ますます狼狽してしまう。


「あ、あれはだな、つまり……あくまで歴史の話であって……」

「あんた、あたしと歴史の話をしたくないんでしょ? それはあたしと話したくないってことでしょ?」


 灼は眉を吊り上げて、俺の話を遮る。だが視線は正面を向いたまま。


「いや、何もそこまで飛躍しなくても……」


 俺は何とか弁明を続けるが、全く相手にされない。

 灼は足を止め、俺を見る。大きな栗色の瞳に、不退転の覚悟のような闘志が燃え上がっていた。


「あんた、あたしと勝負しなさいッ!」

「?」


 意味がわからない俺に、畳み掛ける灼。


「今度の文化祭、あたしが武田で、あんたが織田。設楽原(したらがはら)の実験考古で、あんたが勝ったら、お望み通り、あんたには金輪際歴史の話はしないわ。でも、あたしが勝ったら……」

「お前が、勝ったら?」

 

 俺の言葉に、一瞬たじろぐ灼。


「と、とにかくやるの? やらないの?」

「……こうなったら、やるさ」


 遺憾ながら承諾するしかないと決めた俺だが、訂正しなければならない点もある。


「だが、俺は歴史の話がしたくないわけではなくて、それによる喧嘩をだな……」

「絶対だからねッ!!」


 俺の話も聞かず、急に走り出して去る灼。


「ちょ!? 俺の話はまだ……」


 遠く小さくなる灼の背中には俺の声は届かなかった。

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