第五十八話:始めるために
※※ 58 ※※
アレイコートからやや離れたベンチで、新庄はシューズの
「
と、同じくアキレス腱を伸ばし準備運動をしていた一年部員に
「え……っと。小学校から中学、双月は友達を作らない……というか、皆が相手にしてないというか、いつも一人でいる変な子でした。確か小学三年生の時、あたし同じクラスだったんですけど、外国から引っ越してきたんですが……こう、なんかトゲトゲしい感じで誰も話しかけませんでしたね」
「何? あいつ、
新庄は
「双月は、どこかのテニスクラブに所属してたの?」
「あたしは聞いたことないです。試合もクラブ名ではなく、個人名でしたし。
ただ、休み時間に……
「へえ……面白いじゃん」
新庄は初めて灼に興味を持った。その見る先で灼と会長が何か談合をしている。そしてもう一人知らない一年女子の姿が加わった。
「でも、小学五年のときに双月……もともと変な奴でしたが
もはや新庄の耳には届いていなかった。
「いきなり電話があったかと思ったら、オフロード・レーサーパンツを二着持って来いとか、人使い荒いッスよ」
「仕方ないじゃん。今日、体育の授業なくて体操着持ってないし。それにバイク乗った時思ったんだけど、これって
灼がスカート
「確かに、これは良い感じだわ」
会長のヒップラインを直している仕草に俺は微妙に
「平良君。これから何が始まるんッスか?」
尾崎がジト目で
「……ッ、ん。今から『特訓』という名の、テニス部と生徒会の対抗試合が始まるんだよ」
「わァ、おおッ! あたしもやりたいッスよ、テニス!!」
大きな瞳に無邪気っぽい輝きを見せて騒ぎ出す。灼ですら、そうそう入らない
「お、オザキ……おまえ、テニスできるのか?」
「できないけど、やってみたいッスよォ!」
息苦しいほどの満ち
「会長は経験者なのか?」
答えるより先に、灼が何事でもなく率直に言う。
「別にどっちでも構わないわ。最初から一人でやるつもりだったし。でも参加することで
「ちょっと
会長が静かに笑い、少し困った
「あたしの私見だけど、テニスは空間と時間の支配を
会長は思いを
「囲碁はないけど、将棋やリバーシ、バックギャモンはそれなりに。チェスは得意かしらね」
と、微笑とともに告白する。灼は大きく頷き、地面にテニスコートを
「だったら話は早いわ。今回はダブルスだから『
いつの間にか、俺と尾崎も円陣に加わって灼の作戦を聞いていた。灼が
「ここからが大事だわ。基本テニスの陣形は『
反対に切り崩され時、防御に回った時もそうだけど、あたしたちはあくまで『雁行陣』で布陣する」
「それは、どうしてだ?」
思わず俺は質問した。灼は、俺をチラリと見て続ける。
「背丈よ。あたしは140センチくらいだし、会長は……」
「145.3センチ。残念だけど小学生で止まったわ」
会長が諦めを含んだ溜息を吐いた。ゆっくりと首を振って。灼がさらに言う。
「バレーボールやバドミントンもそうだけど、サーブの打点が高いほど叩きつける力が大きくなる。しかも揺さぶりをかけられて『平行陣』に誘い込まれたとき、高いロブを打たれたら対処できない」
灼が四つの小石を動かして説明すると、全員が一様に大きく頷く。それを待っていたかのように、灼は凛とした視線で見定めた。
「会長は前衛、あたしが後衛でいくわ。そして会長は常に相手の射線の外側になる場所でポジションを取って頂戴。無理にラケットに当てなくていい」
灼はテニスコートのイラストに射線を中心にふたつの三角形を
「あたしはストロークで、この三角形が重なる地点を狙う。ここは前衛と後衛が受けにくいコースだわ。と同時に会長が射角の外側にいることで相手の前衛も
その砂上に
「つまり、私は相手の後衛に身体を向けつつ、相手の打ったボールの外側へ移動し続ける、ということでよいのかしら?」
ようやく灼の言葉が、理解として追いついた。そして、追いついた先にある僅かな希望を抱く。
「それが基本方針だけど詳細はゲームの流れで臨機応変に決める。絶対に勝てるわ」
灼は自然な微笑で返し、会長に視線を
「そうね。双月さん」
口調だけは静かな、その
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