第五十九話:憂苦の戦ぎ
※※ 59 ※※
十一月も終わり十二月に差し掛かると、昼なおも
俺は灼の後姿を見ながら数分前の出来事を思い出していた。灼が尾崎に電話を掛けた後、待つ時間の僅か。さり気なく寄ってきた灼が
「平良、どうしてあんた、ダブルスなんて言ったの? 本当はあたし一人の方が動きやすい」
「お前だって、会長の気持ちを受け止めたから
俺は声に
「……ん。ねえ、平良ァ」
灼が俺を見上げた。青ざめた顔には、いつもの強く
「『
唐末の時代。
そこで
そして
当然
「ふふふ。やっぱり
灼は頭の上にある、大きな手の暖かさを感じながら微笑む。
(どこかズレてたり逆に鋭かったりする平良の話。あたしが思い悩んでいる時はいつも)
「会長は、そのカカシ兵士ってことね」
からかい半分で言う灼を俺は大袈裟な態度で
「おいおい、会長はお前の戦友だぞ。ただし戦力は未知数だ。だったら相手の前面に押し出して『カカシ』と思わせるも良し『熟練兵』として勝手に恐れてくれるも良し。お前がここぞという時、会長に急襲してもらえばいい。無いのにあるように見せる、あるのに無いように見せかける……相手の判断を惑わすのがポイントだな」
不安は吹き飛び、自信と気勢に満ちた顔で大きく頷く灼。思い返す俺はネットに並ぶ四人を見る。そして、灼を安堵の内で見守った。
「コイントスはこの試合の審判のわたし、二年の倉本が務めます。いちおう試合形式ですが、あくまで『特訓』ということなので、1ゲームでノーアドバンテージ、4ポイント先取した方が勝ちです。双月さん、『フィッチ』?」
生徒会チームとテニス部チームがネットを挟んで並び、その
「スムース」
灼に反応し、
「ラフ」
互いの顔と言葉を確認した倉本は指でコインを
「ラフ。新庄さん、『サーブ』オア『コート』」
「サーブ」
新庄は迷わず信念を込めて決意を響かせた。響いた先で、灼は太陽の位置を観察し、
「コートはこちらで良いわ」
と、軽く流す。
「
「了解です」
「1ゲームマッチ。新庄サービス トゥ プレイ」
新庄は二・三回、柔らかに手のひらでボールをバウンドさせる。視線を正面に向けた。
(へぇ、生徒会チームは『雁行陣』なのね。双月は
トスを上げながら、右足に体重をかけて、緊張を
「お、重ッ!」
ラケットごと持っていかれそうなパワーを耐えて、相手のコートにリターンを決める。その弾道の先で前衛の越智が綺麗にバックボレーで返してきた。しかしロブを上げるほど余裕はなかったようだ。灼は会長が射線の外側に移動しているのを視界の隅で確認しつつ、突出した
(よしッ! このまま出てきて『平行陣』になれッ!)
灼は心の中で叫ぶ。新庄が前に出て、
そう確信して前のめりに体重を落として次の行動を準備していた灼は、突如の事態に
灼の予想に反し、
「……ッ!!」
会長は
(裏をかかれた!?)
灼は後退したことを悔やみ、ダメもとで前に出て
「双月、引っかかったわねッ!」
瞬間、灼の
「間に合うかッ!?」
灼は飛び込むようにベースラインまで走った。幸いにも新庄のアプローチショットが気負い過ぎて、トップスピンの回転が甘く比較的コースが浅かった。灼は何とか高く深いロブを打ち返し、ようやく陣形を立て直す。
「はあ、はあ……」
荒い息を整えながら、一時的に逃れたことへの安堵を捨て、
(テニス部の実力、
灼のロブを受けた
(まだ、まだだわ)
ここで焦っては全てが台無し。灼は相手のセンターサービスラインを
「会長ッ! 打って!!」
引かず、諦めず。
膝を曲げて少し反り返る形を作って。
振り上げたラケットに当たったボールは、アレイコートで弾け、まっしぐらに抜けていった。
審判の声がコートで響く。
「ラブフィフティーン」
新庄が
「会長、やったじゃんッ!」
「はッ、あー……はあッ。あ、ありがとう。双月さんには
肩を揺らし、息継ぎとも
短いけれど長い試合は、まだ始まったばかりだ。
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