第四十話:『式子内親王』と『定家』と
※※ 40 ※※
長い
展示会場から再び最下層まで下った俺と灼は『アリスガーデン』内に設営された売店でソフトクリームを買い、それを
初春を思わせる
そして糖分が、緊張と思索の極みにあった脳に染み渡っていくのが何よりの休息であった。
ぼうっと眺める世界に、小高い
「どうだ? 機嫌は直ったか?」
晴れ模様の空とは裏腹に、灼の表情は荒れ模様である。小さな口をへの字に曲げて食べていた灼は、
「別に。最初から怒ってなんかないし、機嫌悪くないし……」
「いや、悪いだろ? しかも何かに怒ってる」
俺の訳知り顔に、灼はカチンときた。猛烈な怒りが
(何も知らないくせに)
むっとなって声を
「今日、会長と会う約束してたの?」
(何も教えてくれなかったくせに)
灼はムカムカな気持ちを俺にぶつけてきた。
「え? えーと……」
「はっきりしなさいよッ」
言いながら、顔を
「ま、まあ……
「
更なる突貫攻撃で、完全に退路を失う。
「ち、違うッ……ああ、あれは前日に会長から進捗状況を連絡するように言われて、でも、会う場所は展示会場じゃなくて、たまたま偶然で、だから言っただろ? 『なんで、ここにいるのか』って」
俺はむやみに手を振り回し、意味のないジェスチャーを繰り返す。そのうろたえる様子を灼はしばらくジト目で眺めていたが、
「ぷッ、ふふふ……何それ。でも、結局は会う約束してたんじゃん」
「あ、あ……えっと、ごめん」
たった一言の、簡単な謝意なのに、灼の奥底に何かがストンと落ちた。会長と平良が会話をしていた時に感じた気持ちも、今までのイライラも、全て吹き飛んでしまったかのように、灼は
「このソフトクリームで許したげるわ。まあ、会長と話が出来て結果オーライだし、先の展望も見えてきたし」
俺は嘆息して肩を落とす。安堵の笑みで緩んでいるような気がして、不自然に顔を背けた。
その視線の先に、柔らかな陽光の中、大学生風のカップルがはしゃぎながら、ハイキングコースを歩いている。やがて、ぽつりと俺は言った。
「……会長、自分の『百人一首部』を廃部にする気だな」
「そうね。多分『古代考古学研究部』も無くなるわね……先輩たちには悪いけど」
灼は驚くことなく、受け入れている。俺と同じように、見るともなく至福の時を
当てられて、頬を仄かに染めた灼は、
「行きましょ、平良」
振り向いて、少し癖のついた栗色のツインテールが風に流れて、弾んだ嬉しさを見せて。日差しを背にして、小さな手を伸ばしてくる。
そんな仕草が可愛いと、そんな強い気持ちを繋ぎ留めたいと思えるほど自然に、俺は灼の手を取り、立ち上がった。
アトリウムモールの屋外に出ると、広大な駐車場に付随するバス停留所の
「平良、あんたは
灼は穏やかな、しかし真剣に問いを投げてくる。俺は頭を掻いて苦笑した。
「どちらも決め手に欠いていて、何とも言えないが……。私見で言えば肯定派かな」
「あら? 平良って案外、ロマンチスト?」
挑発的に
「不確かな空想や、現実離れした仮説に
「いや、そういう意味じゃなくて……」
言いかけて、灼は
灼は
「肯定する理由は何?」
「まずは
定家は初参内の印象をこう記してる。
――『……三条
あらゆる物語にあるように、公家が
「何て言うか、
灼が戸惑いつつも、
艶やかな黒髪がサラサラと肩から流れ落ちる時。
しっとりとした
見るもの全てを惑わす
「確か、
灼は、
「あんたも、年上の
言って、強烈な自己嫌悪に
(あたしは、ずるい)
灼は、
しかし、俺にはその決意に対する答えを持ち合わせてなかった。照れ隠しに頬を掻きながら、
「い、いや……まあ、どうだろう? 大人だなァって思ったことはあるが、憧れってもんじゃないな。年齢では推し
「ただ?」
「年下のお前は、大したもんだと思ってるよ」
大きな栗色の瞳から目を
この瞬間、この小さな幸せを、灼は
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