第三十九話:『山科花桜梨』と『定家』と
※※ 39 ※※
上部に張られたアクリルパネルの大
俺と灼は、カウンターでロイヤルミルクティーを受け取り席を探す。店内はそれなりに広い。四人掛けテーブルが十組程度に、二人掛けが二十組余り。それでもまだスペースはある。適度に人の少ない場所へと足を運んだ時、灼が「あ……」っと、言葉にならない
「げっ!? や、山科
文庫本に視線を落としていた小柄の少女が顔を上げた。ともすれば灼よりも幼く見える
「クックックッ……。谷君、相変わらず先輩に対する礼儀がなってないわね。まあ、いいわ。お坐りなさいな」
四人掛けテーブルに座っている山科
ボス格である山科会長に
「……ここに来たということは、定家によって
「だ、誰が、あんたにッ」灼の怒声に、「いいだろう。ちょうど聞きたいことがあった」と、俺の冷えた声が重なる。
が、心中は手が
俺が腰を下ろすと、灼も相当に目の前の
「で、なんであんたは、ここにいる?」
俺の
「あら? 私は百人一首部の部長でもあるのよ。当然だと思うけど?」
「開催期間は、まだ一週間以上あるのに敢えて今日?」
「単なる偶然よ」
会長の涼やかな回答に、鼻を鳴らす灼。このままでは話が進みそうもないので、俺はミルクティーを
「あんたは、俺たちを発掘研修に行かせた。そして今度は和歌を暗号のように
さらに俺たちに
「過去形で語るという事は解けたということね。で、なにが分かったの?」
と、
無法に思える会長の態度と、これまでの
「あんた……まさか平良に
「そんなことはしないわ。まあ、疑問点や相違点があれば指摘くらいはするけど。それより双月さん……」
堂々と受け答えしている会長の柔らかな声が、急に恐ろしいほどに冷えていく。
「あなたたちの貴重な時間を奪ってしまって謝るわ。長い話にはならないし、もう少し付き合って頂戴。それとも……」
鋭い視線で真意を
「……わかったわ」
隣で大人しくミルクティーを
「藤原
これに気づいたとき、ずっと違和感があったんだ。だが『もう一つの歌』で、あんたから貰った『二首』の意味に
会長は驚きを隠さず、大きな瞳をさらに丸くする。次の言葉を期待するように、肩から流れた赤銅色の髪を
俺は灼を見て言う。
「最初に見た『二首』を覚えてるか?」
「当たり前じゃないッ!」
灼は
「最初の歌は源
――『いでてなば
二番目の歌は
――『
しかも、あんた『
――『
って、わざわざ言ってたわよ。
でも、これって……『
会長が突然笑い出した。「クックックッ」と相変わらず
「
「確かに、それだけだとな」
真剣かつ真面目に
俺は僅かに
大いに
「だが……まあ、灼の意見が間違ってるというわけでない。少しだけ足りない部分があるかも……っていうことで」
「だから何?」
ぴしゃりと言葉で打つ灼。取りつく島もない、俺は頭を掻きながら苦笑する。会長は押し黙って灼を見ていた。
気づいて灼は、その
同時に、少々八つ当たりに近い態度しか取れない自分に対し、不甲斐なさと自己嫌悪を自覚した。
(今のあたしは、きっと嫌な子。分かってるけど、やっぱり無理……)
「クックックッ。で、少しだけ足りないものって何かしら?」
強い言葉で説明を促す会長に、俺は頷いた。
「あんたが、どういうつもりで、この『二首』を
「え……っと。どういう? あれって結衣先輩と富樫じゃ?」
再び「クックックッ」と、
俺は
「俺たちが最初に会った時から今まで、会長は一度も『誰』に『何の歌』を渡したのか全く言っていない。ただ
「あっ……」
確たる答えに、灼は見落としていたピースを見つけた。そのピースをはめ込んだ途端、今まで気がつかなかった事実が浮かび上がる。
「さっき、四字熟語が言ってた
――『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする』
まさか、この歌の本当の持ち主が富樫!?」
「ああ、多分な。二人の
その後、生徒会室で聞いた話――つまり会長が言った
灼は人差し指を、そっと薄桃色の唇に
「会長はこうも言ったわ。『……『歌』の手紙を与えたら、ラブレターと勘違いしたみたい。
今にして思えば
「富樫君が
「根拠というほど確かなものではないけど、推測は出来るわ」
なにより強い気持ちで声を出す灼。答えを得て、優しさを得て、いつもと変わらない
「以前、
大きな瞳に力を宿し、灼は会長を正面から
「あんた、富樫に警告したかったんでしょ? 『部室整理令』で、このまま
しかし答えを聞く前に、構わず灼は続ける。
「
同情と苦笑の色を同時に見せ、肩を
「クックックッ。私にとって最後の高校生活。
受け取って、まるで宝石を眺めるように
「今日、二人とお話出来てとても愉しかった。有益な時間だったわ。でも……」
会長が、冷たい瞳で優しく俺を
「この中は、
俺は頭を掻いて苦笑し、何気ない口調で答えを返した。
「そうだ。しかし、あんたとの『
会長は冷め切ったコーヒーの残りを飲み干し、立ち上がる。俺と灼、双方を交互に見て、
「今日の会話もなく、ただ単に『二首』の歴史検証だったら確実に退学だったわ。続きを期待してるわよ」
会長の静かに
「会長ッ! あんた……実績のない『古代考古学部』を発掘研修に参加させて、しかも
小柄な
「クックックッ……。必要だからする。それだけよ」
赤銅色の髪を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます