第三十八話:『後鳥羽院』と『定家』と~検証⑦~
※※ 38 ※※
「えっと……後鳥羽院?」
事態がピンとこず首を傾げる灼。俺は次の色紙に灼を誘う。
――『逢みてののちの心にくらぶればむかしは物も思はざりけり』
「この歌は権中納言
突如、大きな栗色の瞳に
「まさか、この歌の意味もあたしに言わせる気? ……いやらしい」
「これは純粋に学問だッ! 確かに男女の情事だけど……
思わず
「こんなエッチな歌の意味を女子に言わせるなんて……ヘンタイ」
「なんで、そうなる!?」
動揺しきったまま、たまらず悲鳴を上げた。そして、すっかり観念した俺は、深く大きく嘆息する。
「はあ……。『
俺は、できるだけさりげなく話そうと心がける。
「恋
この歌が誰
――『わすらるる身をば思わず誓いてし人のいのちの惜しくもあるかな』
この歌を非難と取るか、
愛とか恋とか、結局どうしようもないものに対し、灼はもはや理解というより観念した顔で受け入れている。
(あたしも人のこと言えないけど。だから、こんなこと考えるのかな)
灼の思いが、脳裏ですり抜ける。
「これが
ちょっと自分でも言ってて恥ずかしくなるけど、おおむねこんな感じだな」
俺は、照れ笑いを隠しきれずに続ける。
「さっきも言ったが、右近は
また、
しかし、そんな愛憎劇も、定家によって
「それが、後鳥羽院に関係する?」
何気ない灼の問いに、俺はガリガリと頭を掻いた。
「ま、まあ……最終的にだが、その前に聞いてほしい」
俺は改めて権中納言
「
――『かくあさましき悪事を申し行ひ給へりし罪により、この
道真を
もはや、予想外ではない、確信に近い……だが、不興な眼差しで俺を見る灼。それを意ともせずに俺は続けた。
「そして
さらに定国は、藤原
まあ、説明はここまでとして、ここからが考証だ」
見上げる灼の表情が引き締まる。俺は
「定家によって、道真の歌は『
つまり、歌を
「そのためにわざわざ『百人一首』を編纂したという事ね。どうしてそんな
俺は灼の頭に軽く置いた手を大きく回し、全く違う色紙を指差す。
――『人もをし人もうらめしあぢきなく世を思う故に物思う身は』
「……随分と
灼の率直過ぎる感想に、俺は答える。
「
――なんてつまらない世の中だ。あるときは人を愛おしく思え、またあるときは憎くもある。ただ流されていく人生の中で、出会いなんてどれほどの価値があるというのだ……と、いう感じだが」
「後ろ向きよね。あたしが一番嫌いなタイプだわ。まあ、それは良いとして、こんなに
俺は大きく頷き、話を戻す。
「詳しくは北条氏の話をするときにするが、
さらにどうやら後鳥羽院は定家をも恨んでいるという噂も聞く。かつては歌の師弟関係でもあり、親密な関係であったにも関わらず、だ。だから
ところで、ここで話は変わる」
あちこちに飛ぶ話題に、灼は半ば
「……すまん。俺が最後に言いたかったのは、定家は道真の不遇と後鳥羽院の境遇を重ねて『物思う』心を
反面、藤原時平に関わる人の歌にある『思はざりけり』或いは『身をば思わず』というような反対の
つまり、忠平の流れを受ける定家にとって、道真の正当性が極めて重要であると読み
「今回……あんたの話、かなり分かりにくかったわ」
俺は反省を混ぜた笑みを浮かべ言う。
「少し、何処かで
「うんッ」
灼が、雲間から輝く太陽のように明るく笑った。
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