第二十二話:過去に向かって




            ※※ 22 ※※


 

 『おじさん』こと教授の案内で、三号住居あとへと向かう。

 舗装ほそうされていないあぜ道。大きい幹が続く日陰の農道。

 そして道端に見える文明の遺物のような自販機。錆びついてつたが巻き付き、お金を入れても果たしてドリンクが出てくるのか疑問だ。

 まるで、過去に向かっているつもりが、実はここは『ロストテクノロジー』で未来に進んでいるのでは? そんな錯覚を覚えるのだった。

呑気のんきにファンタジーな妄想もうそうを繰り広げている俺の隣に並んで歩く灼は、俺の袖をつかんで無言で歩いている。恐怖に怯えているような、あるいは真実を知る事に躊躇とまどっているような。

 だが、俺は一度だけ、コイツのこんな表情を見たことがある。

 

 


 灼と初めて会ったのは今から六年ほど前。

 双月ふたつき家がドイツからはす向かいの家にしてきた。

 もともと両親共々ともどもが高校時代の同級生ということもあり、帰国子女の灼とことあるごとに一緒にされた。

 俺も灼も一人ひとりっ子であるから、親たちは兄妹のようにあつかっていたのかも知れない。 

 しかし灼は長年に渡り、様々な国々でごしてきたため、日本の風習や環境に全く馴染なじめずにいた。教室では常に一人だった。しかも分、敵も多かった。

 そんなある日のこと。

 あれは俺が小学六年で灼が五年の夏休み。

 市立博物館でもよおされた『古代の歴史』展に父親は俺たち二人を連れて行った。恐らく冷房がいて涼しい程度の気まぐれで、あわよくば夏の自由研究ぐらいは、と思っていたのだろう。

 しかし俺と灼はまぎれもなく過去・現在――やがて未来へとつながっていく時代の変遷へんせんに、今まで感じたことのない興奮こうふんを肌で感じていた。

 その未経験な電撃が俺と灼を瞬時に突き抜け、いつの間にか魅了みりょうさせ、『歴史』の世界へといざなった。

 気が付けば、古文書をむさぼ強烈きょうれつ文献学ぶんけんがくマニアの俺と。

 遺物いぶつ・遺産を探究する鮮烈せんれつな考古学マニアの灼が。

 出来上がるべくして誕生していたのだった。

 結果、文献学と考古学で過去の考証に対して、論争をり返す毎日にいたってしまうのだが、校内でも有名な変わり者としてレッテルをられてしまった灼は、友人がいないまま、ますます孤立こりつしていった。

 やがて月日を経て、年が明けたばかりの登校時だった。

 異端視いたんしされても全く意にかいしない灼が、この日ばかりは恐々きょうきょうとしてく。


「平良。あんた、古墳こふんって畿内だけだと思う?」

「いや。確かに古墳時代は『日本史における空白の四世紀』と言われるだけあって、日本は当然、中国にも文献がない。どういう形で発展していったのかは分からない……らしいけど、関東でもいっぱい出てるからなァ。日本全国にあるし、違うと思うぜ」

「そうだよねッ。あたしたちが住んでるまちにだってあるよねッ」

「……あ、ああ」


 俺はその時、灼の意図いとが全く分からなかった。後で知ったことだが、どうやら自分たちが住むまちに古墳があると言った灼は、クラスでうそつき呼ばわりされていじめにあっていたようだった。

 突然、灼が行方不明になった。その日、俺は友人宅でゲームをして帰宅したので灼には会っていない。常に女子と一緒にいると思われたくなかったので、定期的に灼と距離きょりを取っていたのだが、その日に限ってが悪かった。

 我が家に来た灼の母親は泣きくずれ、しきりに俺の母がなぐさめている。灼の父親は海外に単身赴任ふにんだった。俺の父親は警察官ということもあり、素早すばやい対応で近所に声をけ回って捜索隊そうさくたいを編成した。『110番』しなかったのは、双月家への配慮と、付近の住民に不安をあおらない機転だと、今は思う。

 大人たちが捜索そうさくに出かけた時、俺の脳裏に古墳の事がよぎった。もしかしたら、あいつは一人で――。

 俺は自宅をけ出して灼の部屋へしのび込む。は学習机の上に大きく広げていた。きっと灼の母親も見ているはずだが、記されているこの意味を全く理解出来なかったのだろう。だが、俺は違う。俺は灼の家を飛び出し目的地へと向かった。

 人気のない小道を通り、小高い丘に入る。墨色の空間に寒さと恐怖で身をふるわせながら懐中電灯をてて進んでいくと、奥から少女の悪口雑言あっこうぞうごんと一緒にザック、ザックと土をる音がひびいてくる。


「灼ァ!」


 俺は思わずさけんだ。突然、音はみ、辺りが重たい静寂せいじゃくを取り戻す。


「た、平良なの?」


 数秒置いて、弱々よわよわしい少女の声がとどいた。


「灼、どこだッ! どこにいる!」

「こ、ここよ」


 俺はその声を辿たどって灼を見つけた。小さなあかりを頼りに、窪地くぼちの中で大きなシャベルをかかえた灼が、栗色の大きな瞳に大きな歓喜かんきかくして、不満げに見上げている。


「おまえ、おかの測量図を机に広げたままだっただろ。おかげで見つけることが出来たが……とにかく帰るぞ」

 

 窪地にりた俺は乱暴に灼の腕を取った。反射的にはなれようとする灼の反動で俺も一緒に足をすべらして窪地くぼちへ落ちてしまった。その瞬間、壁面へきめん地滑じすべりを起こした。俺は灼をかばいつつ、被害の受けない場所で身体を丸める。土埃つちぼこりが収まり、視界が明るくなったところで、俺と灼はとんでもないものを見た。

 そこは古墳の石室だった。おびただしい土師器はじき欠片かけら円筒埴輪えんとうはにわ。当時、どの時代にるいするのかは分からなかったが、俺と灼は興奮した。

 何とか窪地くぼちをよじ登り帰宅すると、俺は父親に大人たちの前で思いっきりほおなぐられた。途端とたんに、常に気丈きじょうの灼が初めて大声で泣いた。

 そんな町内をさわがす事件は掲載けいさいされず、何故なぜか地方紙に『小学生古墳を発見する。後期高塚たかつか式か』という見出しで世間に出回でまわった。

 灼は嘘つきばわりされなくなり、極端な仲間はずれもなくなったが、それから毎朝のように我が家に来る様になり、常に歴史の話を持ち掛けてくる様になり、いつもかたわらから離れない様になり……そして、現在に至る。

 俺はコイツの顔を見ながら、思わず忌まわしき過去を思い出した。俺の視線に気づいたのか、露骨に不満顔を見せた。


「何よォ?」

「……別に」


 俺の言葉に、袖を掴んでいた指を離し、思いっきり踵で俺の足を踏む。

言葉が出ないまま、カカシのように飛び跳ねていると、


「あんさん達、ほんま仲がええなァ。あんま見せつけんでなァ」


 おっとり笑う、結衣先輩。

 

(いや、ちょっ!? なんで今のでそうなります?) 


「いやはや、君たちはホントに面白い」


 ついには『おじさん』教授まで笑い出した。

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