第二十一話:大人の階段




 

                ※※ 21 ※※



 小さな改札口を抜けると、大学生男子二人が待っていた。

 一人の手には、くたびれた画用紙に、手書きで『ようこそ東葛山高校生一同』と書かれている。

 まるで、田舎の民宿へ宿泊しに来たみたいだ。しかし、二人の印象は対称的だ。染色した長髪に、やたらと金属類を身にまとった方は爽やかな笑顔で、もう一人は、五分わけの髪に同色の黒ブチ眼鏡。無地のTシャツにジーンズという地味な姿で、その手には例の画用紙。が、書かれている内容を鵜呑みに出来ないほどに陰鬱な表情をしていた。


「お出迎えありがとうございます。今回は色々とお世話になります」


 代表者として、飯塚いいづか先輩が挨拶する。加えて結衣先輩が綺麗なお辞儀をした。

 途端に大学生の二人は狼狽ろうばいし、顔を赤らめた。まあ、見た目は超美少女だからな、この先輩は。


「ま、まあ……とにかく、ようこそ」


 染色長髪の大学生が、ワゴン車に誘導する。それぞれが荷物を荷台に載せていく。最後に、俺は大きなキャリーバックを載せた。

 

「あれ? こっちの女の子の荷物は?」

 

 染髪長髪が灼をみた。

 

「あ、俺と一緒です」


 先程も同じ質問を受けたばかりなので少々返答が荒々しくなる。


「……そっか、君たちはそういう関係ことか」


 ここでも、勘ぐられる。もはや、勘弁してほしい……と、思っていたら異なる言葉を聞いた。


「で、君たちが山科やましなが言ってたあの二人だな。……まあ、御愁傷ごしゅうしょう様」


(ご愁傷様? こういう場面で使う言葉?)


 俺は戸惑とまどっていると、運転席にいた黒ブチ眼鏡の人が近寄って言う。


「君たちだったのか、あの山科やましなが言うのは。彼女には気を付けたほうがいい」


 わざわざ、俺にささやくためにやって来た内容は、全く看過出来るはずもなく、乗車した後、目的地に向かう道すがら俺の脳を支配していた。

 

(山科……)


 俺の知人にはいない。しかし、向こうは俺と灼を知っている……というか、全く好意を感じない物言いだった。

 灼は窓際から見える海に感動している。まあ、住んでいる場所が内陸なので海を見る機会が少ないせいもあるが、俺の心は弾まなかった。


「平良君、どうしたん? 気持ち悪いん?」


 ふいに、結衣先輩が声を掛けてくれる。その声に思わず安堵して、小声で抱えていた疑問を漏らす。

 

「実は、前の二人に言われたんです」


 俺は運転席と助手席に座っている大学生を顎で指し、


「山科には気を付けろって……。一体誰ですか? 山科って?」


 結衣先輩は一瞬驚愕し、何でもないように顔の前で手を振りながら、ころころ笑う。


「平良君も我が校の、生徒会長の名前ぐらい知っててもええんちゃう? 山科花桜梨やましなかおりさんのことでっせ」

「……すいません、政治には興味がないので。その山科会長が何故、俺や灼を?」

「それは、うちにも分からんなァ。まあ、今回の『部室整理令』に関することなんやろけど?」


 少し、思案気に小首をかしげる結衣先輩だったが、俺の期待した答えは得られぬまま、ワゴン車が宿泊地に到着した。さっぱりした笑顔で言う。


「気にせんとき。いずれ何らかの形で表面に表れるでっしゃろ」

 

 黒縁メガネの大学生は「とりあえずは荷物を部屋に」と告げ、その後に染色長髪の大学生は申し訳なさそうに、


「夕食前に、発掘チームによるミーティングがあるんでェ、皆で顔出してもらっていいかな?」


 その言葉で、全員の旅行気分は払拭されたのだった。





 八畳二間をぶち抜いた大広間に、俺たち高校生組八人と、大学生三人および大学教授が集まった。

 教授はあくまでオブザーバー役なので発言はしない。まあ、これも大学講義の一環らしい。


「この三号住居跡さんごうじゅうきょあとの木片、骨屑の分析から、ここの住民は健全だったとわかるッ」


 染色長髪の意見を真っ向から否定する黒縁メガネ。


「……並木なみき。お前はそう言うが、貝塚から出土した人骨はどう説明する? ここの地域は舟形木棺が主流な場所だ。土葬の可能性は低い。まして、貝塚などと!」


 並木と呼ばれた染色長髪は怒気を荒げる。


「市川ッ! お前こそ何も気づいていない。どんな時代にでも不測な事態はあるものだ。何故そこまで人骨に拘る? しかも貝塚に拘る? 俺たちは住居址を調査しに来ているのであって、貝塚ではないッ!」


 正直、俺には並木さんと市川さんが討論している内容はさっぱり理解できていなかった。閉口した顔で部長を見ると、やはり同じ顔。四字熟語もいつも通りの鉄面皮だ。

 灼は発掘記録と遺物の分布表を食い入るように見つめて終始無言だった。


「まあまあ……並木君も市川君も後輩ちゃん達が来てるわけだし、あまり白熱しないように、ね?」


 ふんわりお姉さんタイプの女性が控えめに口を開く。

 この人も、どうやら俺たちの先輩らしい。結衣先輩が俺の耳元で囁いた。灼は一瞬、資料から顔を上げ、ムッとした顔を見せた。が、ほうっと嘆息して教授に問う。


「おじさん、人骨の写真を見たわ。腹部あたりが黄褐色になってる。出土した後どうしたの?」


 俺もその写真は見たが特に気にならなかった。それより大学教授に向かって『おじさん』呼ばわりかよ。確かに見た目はうだつの上がらなそうな中年風だが……それ以上にタメ口調もまずいよな。

 そっちが気になる。


「灼よ、どうしたら大人になってくれるのかッ!」

「はあッ!? いきなり、あんた、あたしに何を求めてるのよォ!」


 小ぶりな胸を隠すようにして、後ずさる灼。顔はトマトのように赤い。俺は、思わず口に出してしまっていたようだ。

 だが、この流れでその発想は、きっと灼の母親に相当『大人になること』について言い含められたことは重々理解出来たが、突飛な行動に周囲の視線が痛い。

 特に富樫の視線は、ともすればそのままレーザー光線が出て焼き切ってやろうというくらいの眼力だった。

 

「まあまあ……ゆっくり大人になりなさい。貴方には、まだ時間がある。あと論文も読ませてもらったよ、実にユニークだ。だが、あの人骨には絶対に触れてはならないッ!! 今は厳重に現状維持だ」


 そんな雰囲気を和らげてくれたのも、『うだつが上がらない風』の教授だった。しかし、今まで一見昼行燈にも見える態度をみせていたが、いざ開口する瞬間、気迫というか、押しというか、『歴史』に対する矜持が強烈に襲ってきた。

 

(これがプロの気迫なのか!?)


 俺は大いに戦慄した。傍に視線を移せば、その言葉に赤面し、小さくなる灼。こんなに畏まっている灼を、俺は初めて見た。


「あのう…、やっぱり、それは『土』ですか?」

「ああ、そうだ」


 教授の厳しい確言に、項垂うなだれる灼。しかし、教授の口元は温かい笑みで、灼を見つめる視線は穏やかだった。

 内心、やっぱり何を問題にしているのか分からない俺だった。飯塚先輩も結衣先輩も得心していなかったし、部長と四字熟語は完全にアウェイだ。だが、そこに市川さんが割って入った。


「土って何ですか? 前も教授にも言いましたが、これは考古学的に『広義な廃棄』ではありませんッ! 確固とした『完全な意味での廃棄』、つまり人食がなされていたかもしれないという証拠になるかもしれないじゃないですかッ! すぐに発掘を再開するべきです」


 市川さんの主張に居の一番「ヒィ」と小さな悲鳴を上げたのは結衣先輩だった。人食って、現代感覚からいえば結衣先輩の反応はまともだろう。反して恍惚と反論する市川さんに言い知れぬ不気味さを感じた。


「大岡昇平の『野火』にだって人食のくだりはあり、秀吉が備中高松城を水攻めした際、人食があったという。別に人食を肯定するのでない。その時代に、そうせねばならぬ理由がそこにあるのではと、思うだけだ」

「だが、しかし……。やはり、それは健全な考えではない」


 並木さんが唸った。

 この人、見た目よりもピュアなのかもしれない。そんな思いで並木さんを見ていると、いきなり灼が立ち上がった。


「ああ、もうッ! ありえないッ!! こいつら二人連れて現場で説明した方が早いから、許可してよね、おじさんッ!!」


 強い意志を感じる大きな瞳で、教授を見る灼。

さっきの殊勝な気持ちは何処行ったのやらと俺は思いつつ、やっぱり灼にとって『大人の階段』は高いと思う俺だった。

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