第二十話:青春旅情



    

               ※※ 20 ※※



「ぐへェッ!」


 俺は潰れたカエルのように起こされた。背中に柔らかな重さを感じながら、時計を見る。

 早朝、5時45分……。


「……なんで、こんなに早いんだ? 待ち合わせは駅前10時だろ?」


 俺のうめきに背中の重しが立ち上がり、背中を片足で踏みしめる。「ゲロッ!」と思わず声が出る俺。


「あんたって、そうとうバカよね!? 発掘って学術調査でもあるが、肉体労働なのよ!? 建設現場に行く職人と一緒よッ! 装備を確認しないでどうするのよッ」


 もう一度、俺の背中を踏みしめる灼。動かない頭で『職人』というより『陸自』だよなァ……とか、思いながら起き上る。

 そして、灼を見た。

 いつも通り、ちょっと癖のある栗色の髪をツインテールして、大きな瞳が俺を見下げている。薄桃色のブラウスに純白のブルゾン。そして、カーキ色のフレアスカート。濃紺のニーソックスで仁王立ちしている。


「お前こそ発掘に行くって豪語しておきながら、随分と普段着じゃないか?」


 顔をなでながら抗議すると、右足で俺の枕を蹴った。


「あんた、作業着のまま、電車に乗れってのッ!? ありえないッ!!」


(今、お前のパンツが見えたほうが、ありえないよ)


 俺は黙ってベットから、のろのろと起き出したのだった。



 柏から東武アーバンパークラインで船橋まで出て、総武線快速で千葉まで出る。そこから内房線に乗って、のどかな風景を欠伸あくび交じりで眺めていた。

 今回の参加者は『歴史研究部』の面々と、『古代考古学研究部』のお二方。そして『女子モトクロス部』の尾崎と暇人富樫だ。

 俺に取って尾崎と富樫の随行ずいこうの意味が全く分からないが、許可した結衣ゆい先輩が言うには「面白ろうなりそうやから、ええんちゃう?」だった。

 まあ、俺に反対する理由はない。賛同する理由もないが……。

 しかし、まあ、皆愉しそうだ。


 ローカル線にある、所謂四人ボックス席だが、俺の隣のボックスでは結衣先輩と尾崎、灼と富樫がトランプで盛り上がっている。俺と一緒である飯塚先輩は爆睡中だ。

 俺はトイレに行きたくなっておもむろに席を離れた。

 と、部長と四字熟語が並んで会話しているのが視界に入った。俺は思わず立ち止まった。まあ、二人とも私服で新鮮だったが、何より四字熟語の笑顔を初めて見た。

 

(あの、鉄面皮が……)


 失礼な言い分だが、素直な笑顔に、饒舌な四字熟語を見て俺は、不思議な安心感を覚えた。

 トイレの帰り際、部長に声を掛けられた。

 

「さっき、俺たちを見てただろ?」


 用を足した俺は、部長が車両の連結部分で待っているとは思わなかった。俺は返答にきゅうした。


「まあ、とがめるとか、そうことではなくて……、『四字熟語』、いや『菜摘なつみ』のことで意外そうな顔を見たのでな。お前には話しても良いのかなって思ったのさ」


 横スクロールで流れる見知らぬ景色を眺めながら、部長は言う。


「あいつの家は厳格な神社で、知ってると思うが『東葛山神社』の総領娘だ。宮司のおじいさんが特に厳しくてな。

 祝詞のりと言霊のたまい、神事に仕えること以外で言葉で発することを極端に戒めたんだよ」

 

 部長は俺を見て、苦笑する。


「あいつは、もともと『おしゃべり』だ。だから、考えたのかなァ……。一言で気持ちを伝える『四字熟語』……。もっとも中学から高校と変人扱いだったがな」

「……さっきの笑顔、初めて見たけど、あれは部長にしか見せない笑顔だよ」

「知ってるさ」


 部長はしれっと言う。


「今回の発掘旅行は、色々と気付かされるかもな。お前も双月を大事にしろよ」


(だから、なんでそこで灼!?)


 へらへら笑って部長は座席に戻って行った。





  座席に戻ると、トランプ大会は継続中だった。

 しかし、メンバーが変わり女子軍団の結衣先輩、灼に尾崎、四字熟語が参加していた。そして静かに


「上がり」


 と、言う四字熟語。反して頭を掻きむしりながら灼は、


「もう一勝負ッ! 次はずぇぇたッい勝つ!」


 コイツは勝負事になると我を忘れるからな。

 俺は、灼の悔しがる姿をしり目に、席に座る。飯塚先輩と富樫は端末で何やら通信しながら、ゲームをしているらしい。二人でしきりに指示を出し合っていた。

 

(今回の旅行……)


 そういえば灼との旅行は常に親同伴だった。俺と灼だけではないが、親がいない宿泊旅行は初めてだ。

 灼の母親は何だか妙に舞い上がっていて、何度も聞かされたのだろう、灼は赤い顔をして、うんざりしていた。灼の父親に至っては泣きながら「後は頼んだ」と何度もたくされたのだ。

 『後は……』って、一体俺は何を頼まれたんだ? よくわからないままに、とりあえず頷いた。

 おもむろに灼に視線を移す。ツインテールを逆立てて勝負に挑んでいる様は相変わらずだ。部長の言った言葉……『大事にしろよ』って……。


(何を大事にすれば良いのだ? 灼の歴史に対する感性?)

 

 俺はいつの間にか、心地よく惰眠だみんの底へと落ちて行った。





「平良ァ!! 起きなさいィ!!」


 腹に柔らかな重さを感じる。


(……あれ、デジャブー?)


「……俺、電車に乗った夢見てた? まだ朝?? 灼、今何時だ?」

 

 俺は、腹の上に居座る灼に狼狽しながら問う。しかし、その答えは予想外のところから返ってきた。

 

極楽蜻蛉ごくらくとんぼ……。このまま終点まで寝てる気?」


 四字熟語の声で、一瞬にして全てを悟る。腹の上の灼と、周囲から色んな揶揄やゆこもっていそうな視線に俺は注視されていた。

 結衣先輩は俺を見ながら緩んだ顔を見せ、富樫は「平良って、いつもそんな羨ましい起こされ方してんのかよッ!? 爆発して死ぬれェ」と悶絶もんぜつしている。

 俺が上半身を起こす直前、灼は飛び降り「行くわよ」と手ぶらのまま、先頭になって車両から降りていく。俺は半酔のまま眼をこすり、大き目のキャリーバックを引く。各人も自身の荷物を持ってホームへと降りた。


「気になってたんだけど、双月ちゃんの荷物はないの?」


 初めて降り立つホームで気怠く荷物を引く俺に、富樫が訊ねてきた。


「はあ……? これだけど?」


 俺は今まさに引いている大き目のキャリーバックを指差す。ちなみに、これは灼の母親が用意してくれたものだ。


「じゃあ、お前のは?」


 訝しく問う富樫に、俺は質問の意図が分からないといったふうに言う。


「……俺のも、これだけど?」 


 富樫は、突然驚愕きょうがくな表情を見せた。それを聞いた結衣先輩は、


「まるで、新婚旅行やわねェ」


 と、ころころ笑い出す。俺はますます意味が分からなくなった。灼との旅行では、いつも荷物は一つにまとめていたし……。そのほうが効率がいいじゃないか?

 そんな弁明をすると、今度は部長と飯塚先輩が笑い出した。


「まあ、確かにそうかもしれないが……」


 部長の発言に、


「女の子と一緒の荷物はないよなァ」


 飯塚先輩は言う。俺は疎外感と、今まで当たり前だったことを全面否定されたことに当惑した。灼に視線を移せば耳まで真っ赤にして先を急いでいる。


「いいじゃないッスか、平良君とアッキーはすでに荷物のように『ひとつ』ということで」


 ドヤ顔で親指を立てる尾崎。

 

(お前、上手い事言ったつもりになっているよな?)


 俺は無言で、尾崎のこめかみにグリグリっと拳を入れた。

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