第四十五話:『学問の神様』はこうして生まれた
※※ 45 ※※
雨が上がっても天を
「平良」
灼は俺に視線を向けた。大きな栗色の瞳に、なにか
「ねえ……平良」
見た目にも、切り出せない戸惑いと問いたい
「歴史研究部のことか?」
深く、深く、ため息を
「そっちもだけど……あたしたち、ホントにこれで良かったのかな?」
「まあ、あの会長だからな。まだ何か
「そうだね。でないと部は守れても、あたしたち退学だもんね」
困った笑顔を見せた灼に、俺は大きく頷いた。坂道を
「あと一か月くらいでクリスマスかァ」
車の
「……そうだな」
返して、俺は
大きな栗色の瞳を輝かせ、柔らかく
視線が重なると、白い息を
「その前に、期末試験があるぞ」
歩行者信号が変わり、人波が一斉に動き出す。灼は大きく一歩を
「わかってるよォ! 平良のイジワルッ」
紅い頬を
自宅へ足を向け、
『あ、平良。あんたの大好きな母さんよ』
無言で電話を切る。間髪入れず再び鳴った。
『ちょっと、
「……何の用事だ。おふくろ」
非難の
『今ね。
「パパとママ? そっか、今日ドイツから帰ってくるって言ってたっけ」
大声で
『灼ちゃんも一緒にいるんでしょ? 今、あんたの電子財布にチャージしといたから。じゃあねェ~』
「……切れた。全く勝手なもんだ」
俺は、真っ黒になったスマホの画面を操作し、チャージの金額を確認する。
「で、どうするよ? 俺たちも
「んー……」
俺の質問に、灼は
「あんた、何が食べたい気分?」
質問を質問で返された俺は、
「まあ……今は和食かな」
「分かったッ! 買いに行こうッ」
「えッ!?」
意味が分からず、
「お刺身のタイムセール、まだ間に合うかもしれないし、急ごうッ!」
引かれて、引いて、俺と灼は駅前から連なるイルミネーションに向かって歩き出した。
自室にカバンを置き、着替えて
「刺身定食か、海鮮丼か?」
「お寿司よ」
システムキッチンの向こう側にいる灼に否定された。キッチンテーブルに酢と砂糖と塩が置かれていくのを見ながら、
「ちらし寿司も
と、カウンターに座る俺。収納棚の前でしゃがみ込んでいた灼が顔を上げる。
「なに言ってんの! あたしが
予想外の回答に
「お前、寿司
およそ職人の
「回転してる所はもちろん、そこそこの職人さんよりは
確かに灼の作るメシは美味い。
思う
俺は期待も不安も無意味なことだと
「灼、お前も既に気付いてるだろうけど、この『
「そう言えば、あんた一番最初に
灼は
「ああ。お前はあの時『学問の神様』と言った。今まで会長から
「どんな?」
「――『ながめつる今日はむかしになりぬとも
新古今集・春上五十二。
物思いにふけつつ
「
――『……斎院<式子内親王>
せめて今年くらいは……悲しみの余り、私は思わず
――『
これが俺の意訳だ。源
定家の『明月記』同様、『源家長日記』にも式子内親王の
もちろん内大臣中山
ちなみに、
チクリと心の奥に痛みが
灼はエプロンの端を握り、自然と
「……何かわかる気がする。特別な人に見せたいと思うのは、自慢したくて
俺は内心、こそばゆいのを感じながら、
「うん。『明月記』の八月時点で、式子内親王は既に
灼が顔を上げると、そこに俺の
(そうだ。あたしは、平良と過ごす、
痛みと
「
「いつの時代も『いいもの』は誰でも
俺は強く大きく
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