第六十七話:そんな『武士』の治め方ありですか?~検証⑳~






               ※※ 67 ※※




 

 放課後の空が夕暮れの薄闇うすやみおかされつつある。ここ部室棟内にある『歴史研究部』の小窓が小柄こがらな少女の怒声どせいによって震えた。


「あ、あたしと平良は……会長にとって仲間じゃなかったの? まあ、あたしだって今も昔も会長に言いたい文句は沢山たくさんあるわ。でも一緒にご飯食べた仲だわ。めぐみ先輩もね。平良からも言ってやって」

「まあ……」


 詰問きつもんを素直に取り、灼が言う独自の解釈かくしゃくに首をかしげた俺を、

 ポカッと。


「あんた、昨晩みたいに『会長の制御下から俺たちが離れないように警戒けいかいしてる程度の信頼』だなんて言うつもりじゃないわよね。


 曖昧あいまいに答えかけた俺の後頭部を灼がなぐった。前のめりに転びそうになってあわててよろけて立つ。言われた新庄はあきれの溜息ためいきいて、


「まあ……谷がどう思っていようと、山科会長も四字熟語先輩も、正直しょうじきに話してくれて謝罪しゃざいもしてくれた。あたしはそれで十分だわ。それよりもこれからの事よ。その点はどうなの?」


 会長は安堵あんどかくし、かげりのある表情で俺を見る。先ほど灼にノープランを指摘してきされたばかりだが、全く考えてなかったわけではない。


「……とにかく、ここにいるメンバーは次期生徒会の仲間だ。俺はそう思ってる。そして俺たちのマニュフェストには、武家政権を創設そうせつした源頼朝よりとも知恵ちえを借りる」


 俺は今度は強く、決意けついさえもしっかり見せて言い切った。と、部室の奥、執務机に座っていた部長が瞠目どうもくして腕を組む。


醍醐だいご天皇の延喜えんぎ二年<902>から始まった荘園整理令。班田制が崩壊ほうかいしていく中で、逆説的に土地の用益権ようえきけんを国司によって認められたことで『領主』の概念が生まれる。

 その後の長久ちょうきゅう元年<1040>の整理令、寛徳かんとく二年<1045>の整理令では違法の寄進地きしんち系荘園や国免荘こくめんのしょうの増加を抑制よくせいしようとするが、国司側の猟官りょうかん運動激化にともなって実現せず、国衙領こくがりょう次第しだいに不法荘園に侵食される。

 延久えんきゅう元年<1068>強固に実行するため、国司権限だった荘園整理を中央に集権させて記録荘園券契所きろくしょうえんけんけいじょを設立した。この場所で『部室整理令』について議論ぎろんした時の話だよな」

 

気まずさを鼻で飛ばす部長に、尾崎が思い出したように手を打った。


「あたし、お菓子かしで平良君に教えてもらったから覚えてるッスよ。もともと国の土地を借りて耕してた人民が税金がきついので逃げ出して、逃げ出したら国は税金が取れないからって自分で開墾した土地は好きにしても良いってやつ。――あれ? だったら、どうして今度は整理するんスか?」


 いかにも不思議そうな声で言う尾崎に灼が答える。


「たった今、部長が言ったことだけど……。オザキに分かりやすく説明すると――またお菓子で例えるなら、大事に保管ほかんしてたオザキのお菓子が、いつの間にかあんたの弟に食べられたとするわね。あんたは自分のお菓子を守るため、弟にとってコワいお兄ちゃんの名前を書く。そうすると弟はどうする?」

「弟は恐れて食べないッスね」


 灼は大きくうなずいた。


「そう。これが自墾系じこんちけい荘園から寄進地系きしんちけい荘園へと変遷へんせんしてゆく過程だわ。さらに開墾者は国営地をほったらかしにして、自分の土地ばかり世話してたら国営地はどうなる?」

「荒れ放題ッスね」

 

 と、尾崎。灼は続ける。


「今度は荒れ放題の国営地を開墾かいこんしたら、そこが自分の物になるわ。これが部長が言った『不法荘園による国衙領の侵食しんしょく』よ。そして現代のように警察も法律もない世の中だから摂関家や有力貴族に寄進して横取よこどりから守るの」


 気が付くと、新庄が全員分のお茶を用意して配膳はいぜんしていた。灼は視線で感謝の気配を表し、コップを受け取った。


「まだ続くわ。そうすると全国の荘園がどんどん有力貴族の物になっていき、ては国司自身が国免荘こくめんのしょうといった不法荘園を寄進きしんし出してこびを売り、猟官運動に専念するようになる。

 やがて朝廷には税が入らなくなるし、藤原道長みちながみたいに栄華を楽しむ貴族が増えていく。だから朝廷はのよ」

「なーるほどッ! よく分かったッス」


 尾崎の拍手と賛辞さんじに、灼は素直にほこるようにうすい胸を反らした。


「双月の授業は『日本史』が苦手なあたしにもよく分かったけど、これと生徒会とどんな関係が?」


 新庄の至極しごくもっともな意見に、灼は見かけ通りの子供っぽさでほおゆるめる。


「そうね、こういうことよ。もともと部室棟は学校の物で部室も規定に従って割り振られていたわ。でも廃部や新規立ち上がった部が繰り返され、規定も徐々に骨抜きになってゆく――これが『班田制の崩壊ほうかい』ね。さらに事実上全く活動していない部の部屋を『同好会』が乗っ取ってくようになり占有権が曖昧あいまいになってる。

 また実績が高く有力な体育会系の部が、部員の多いことを理由に部員の少ない部室を不法占拠せんきょするようになる。この段階が『不法荘園の増加』ってことかしら。だから会長が『部室整理令』を強行きょうこうしたのよ」

「いや……だって、部員が少ない『女子バドミントン部』はほとんど使わないし。「貸して」って言ったら「いいよ」と二つ返事だったわよ。何でそれが――っ!?」


 心からの絶叫ぜっきょう驚愕きょうがくとなって、新庄は必死に弁明べんめいくす。だが、かたよっていた思索しさくに気が付いた。違和感がいてくる内に、それが憤怒ふんぬというほどではないが異常な感覚におそわわれた。


「『寄進地系荘園』……ようやく、あたしにもわ。『女子バドミントン部』はあたしたち『女子テニス部』に部室を貸すことで、積極的に部活動をしてるように見せかけて部費と部室を確保してたのね」


 有元花散里かざりも同様な気持ちからか、お茶をすすりながら気安くこたえた。


「あたしたち『地質調査研究部』も『落語研究会』と『アニメ研究会』に部室を貸してたわ。まあ、曜日と時間を決めてシェアしてたって感じだったけど……ルールに反した行為だったのよね」


 嘆息たんそくを込めつつ、改めて言う有元の言葉を受け、会長が苦笑して話を進めた。


「私の『百人一首部』も『自転車ツーリング愛好会』の同居を黙認もくにんしてたわ。部室のシェアが円満ならば何も問題ないのだけど、現実では争いの種がきない。

 最初は責任者の部長に一任してたけど、混乱は増すばかり。最近になって部費まで横領おうりょうする『愛好会』や、本来の部員を追い出す『同好会』まで出てきて、しまいには隣室の『愛好会』や『同好会』が会員の増加を理由に部室を奪い合う始末よ」

 

 四字熟語が無表情の奥であきれ顔を作った、ように見えた。


一治一乱いっちいちらん。今までも何度か部長同士の調停ちょうていや、有力な『愛好会』の会長が混乱を治めたりもした。まるで平将門まさかどのように。飯塚いいづかも生徒会からの依頼いらいで調停を買って出たけど、逆に喧嘩沙汰けんかざたになった」


 俺と灼は全てを知り、その真意をみつつも殊更ことさらおどろき視線を送る。飯塚も困ったふうに笑って見返した。


「そっか。富樫とがしが『平貞盛』で飯塚先輩が『平将門』ってことなら、もうということなのね。

 ということは、これから起きうる話として、平良の『生徒会』と高橋・藤川の『生徒会』が分裂して、それぞれが『部』や『愛好会』を糾合きゅうごうしてあらそう生徒会長信任投票は『保元ほげん平治へいじの乱』ってわけ?」

「『保元ほげん平治へいじの乱』は厳密げんみつにいうと朝廷の政争せいそうだ。これについては――」


 俺は一旦、言葉を切って灼の質問を心中で吟味ぎんみした。沈思ちんしの末に話題を変える。


「これは単なる分裂した『生徒会』の政争ではないと思ってる。もはや『部室整理令』で異議いぎを唱える人たちから部室を取り上げたら片付く、と単純に済むことでもなくなった。つまり俺のマニュフェストは『歴史研究部』の興行利益132億2001万円を使用し老朽化ろうきゅうかした部室棟をこわして新しく建て直す。

 その前に全ての『部』や『愛好会』から部室を取り上げ、新しい部室を提供する条件として、新しい部長をそれぞれの部から選出してもらい、それを生徒会が信任しんにんすること。部活動の内容に沿って小グループを作り、その代表は必ず生徒会執行部しっこうぶに入ることだ」


 この場にいる全員が俺を注視ちゅうしした。そしてめの言葉で結ぶ。


「色々と困難こんなんもあると思うが皆の協力に感謝する。ありがとう」


 灼が俺の隣に立ち、どこまでも強気に大きな瞳に強烈きょうれつな意思を宿らせて宣言せんげんする。


「ホント色々あったけど、ここまで来たんだもの。今さら他人行儀だわ。あたしはあんたにどこまでも付いてく――そう、心に決めてるんだから」


 生真面目な少女の小さな頭をでて、俺は愉快ゆかいげな視線を送った。尾崎が灼にきつく。新庄しんじょう有元ありもとは吹き出し、飯塚いいづか先輩と結衣ゆいさん、山科やましな会長は笑ってお互いを見交わす。四字熟語は鉄面皮をわずかに伏せた。


「歴史は繰り返される……そんな話を前にしたな。これが平良、なんだな」


 冗談をまじえて軽く返す部長に、俺のつむぎ出す言葉は単純で平凡へいぼんだ。在りし時のように飄々ひょうひょうと言う。


「まあ、月並みだが……、それが歴史だ」

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