第六話:設楽原へようこそ
※※ 06 ※※
相変わらず、俺は図書館で古文書三昧だ。
至高の時間と言っても過言ではないはずなのに、なぜか心は弾まない。
(あの日以来、約一週間ほど、灼と一言も語っていない)
もちろん、部室にも顔を出さない、文化祭の出し物にも非協力的な俺が、怖め怖めと会えるわけでもなく、いたずらに日々が過ぎていった。
さらに文化祭まで一か月を切った。
俺はやっぱり図書館で古文書を紐解いていた。
「あァ! ここにいたァ!!」
突如、静寂な空間に懐かしい声が響く。周囲の白い目も気にせず、かかとを激しく鳴らしながら俺の前に立った。
「あたしに今から付き合って頂戴」
「お、おいィ!!」
有無を言わせぬまま、俺の腕を取り、図書館を後にした。
運動部のグランド整地を灼は俺の手を引きながら足早に進む。やがて、校舎裏の丘陵地が見えると、さすがに俺も問いたださずにはいられなかった。
「一体、どこまで連れて行く気だ!?」
俺の詰問をけたたましいエンジン音が遮る。颯爽と丘を下りてきたモトクロスバイクが俺と灼の間に割って入った。
「アッキー、早くしないと練習始まっちゃうよ?」
言ってヘルメットを脱ぎ、俺を一瞥する。眼が「ふぅ~ん……」と品定めをしている光彩を放っていた。
「あたしは女子モトクロス部の尾崎。あんたがアッキーの敵である谷平良ね」
不敵な視線に動じず、俺は言う。
「言ってる意味がわかんないね」
俺の言葉に、尾崎は豪快に笑い出した。
「とにかく、愉しみにしてるよ。じゃあ!!」
スロットルを開き、俺の前でバイクを回転させ、あっという間に丘を登ると見えなくなった。
俺の驚愕に、灼は少しバツが悪そうに、
「あたし、今、女子モトクロス部の臨時部員なんだ」
「い、いや、だって。お前、免許は!?」
驚きはそこではないはずなのに、思わず言葉が口に出る。
「公道に出ない限り、大丈夫なんだって。それよりも」
再び、俺の手を引き丘を登る。
その光景を見て、驚愕……いや、驚嘆に尽くせない衝動が走った。
「部長が地元の土建会社に掛け合って、天正年間(約西暦1500年間)当時の設楽原を再現したのよ。ちなみに考古的な監修はあたしね」
たかだか、高校生の文化祭程度でここまでやるのか?
「どう?」と自慢げな灼をよそに、俺にはもはや、言葉はなかった。さらに、灼は奥の丘陵地を指差し、言う。
「ちなみに、あれがあんたの織田陣営よ。正確に考古に沿って、陣地を構築してるからね」
俺は言われるままに、馬防柵の立つ陣地を観察する。
が、すぐに違和感が生まれた。
「連吾川(れんごがわ)に沿って、丘陵麓に布陣してたんじゃないんだ!?」
しかも、丘陵地には無数に入り組んだ空堀もあり、馬防柵は一列に壁のように並んでいなかった。
一部、土塁を築き、馬防柵が三段構えもある。
「おい、灼」
「なによ?」
驚きを隠しきれない俺を見て、余裕釈然の灼が促す。
「……ホントにこれが設楽原なのか?」
「そうよ。こうしてみると、やっぱり鉄砲を備えて、迎え撃つことで、騎馬の戦力を削ぐのは難しいわよねェ」
丘の上から鉄砲並べて迎え撃つという戦法ならば、まず不可能だ。だから丘陵地の麓に鉄砲を配置し、一列に配した馬防柵を突破した騎馬隊が丘に差し掛かって勢いが死んだところで、鉄砲を撃っていたと考察していたのだが。
馬防柵は隙間があり、まとまった兵を配置しようにも丘によって分断されてしまう。
つまり、信長の戦術は俺が予想できなかった方法で勝ったという事なのだ。
逆に言えば、それを立証できないかぎり、灼の騎馬隊に各個撃破されて瞬く間に全滅だ。
(こいつは難題だ)
「……言っとくけど、ズルしてないわよ」
灼の言葉に俺は確信もって言う。
「わかってるさ。お前はこういうことに関しては、絶対ありえないからな」
ありえない……。
腐れ縁して、考古学マニアの幼馴染。
改めてコイツの口癖を噛みしめた。
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