第七話:編成! 織田傭兵団
※※ 07 ※※
雲一つない秋空はどこまでも天高く、まだ夏の日差しの名残を見せる放課後。
とはいえ、水遊びに興じるほどには時期外れなはずなのに、校舎裏で複数人の生徒がハイテンションではしゃぎまくっていた。
「おい、平良」
ずぶ濡れの男子生徒、クラスメートの富樫が不満顔を見せる。
「この水鉄砲、連射機能はないのかよ? 一回打つたびに水の補充とか、すげェー面倒なんだけど」
「あのな、何度も説明するけど種子島に連射機能はないッ!」
俺はこめかみの筋が震えるのを実感しながらも、実際ここまで人数だけはよくも集めたもんだと感心していた。
時系列はおよそ昼休み時間まで遡及する。
「谷、上級生が呼んでるぜ?」
学校生活における愉しい一時、弁当をカバンから取り出している最中の俺に声がかかる。珍客だった。
「部長が俺の教室まで来るって、珍しいよな」
「ん? そうかァ? ……それはそれとして」
部長は俺の弁当をチラリと見やり、半ば強引に誘う。
「たまには、俺に付き合わんか? 食堂へ行こう」
俺の返事も聞かずに、先へ進む、部長。俺は一瞬、弁当を取りに戻ろうか悩んだが、すぐに部長の後を追った。
「……愛妻弁当はいいのか?」
隣に並んだ俺を一瞥し、にやりと笑う。
「愛妻じゃネェ!! 最近、灼は作ってくんねェし……」
「ほう……?」
部長のメガネの奥が光る。が、悟らせないように大きく笑い、俺の背中を叩いた。
「それじゃあ、今日は俺がお前にランチを奢ってやるよ。頼みたいこともあるし、な」
俺と部長は食堂へ入った。
「おい……、あの定食頼んだ奴、初めて見たよ」
「す、すげェ。ホントに噂通りの厚さだぜ」
周囲のどよめきと視線が痛い。
「ん? どうした、平良。熱いうちに食べたほうが美味いぞ?」
部長は周囲の観衆なんぞ、気にもせずに800グラムもあろうかというサーロインステーキを上手く切り分け頬張る。
目の前の鉄板皿には、アツアツの肉汁と油が音を立て弾け、スパイシーな香りが鼻孔をくすぐる。
両手に持つナイフとフォークを震わせながら、外はこんがりと、中は桃色の肉をゆっくりと口に入れた。
「!!」
言葉にならない俺の様子に、部長が笑みを浮かべた。
「食堂の調理師である中西さんは、駅前のステーキ屋の二代目でな、学校で美食にありつけるのは幸せだよな」
俺はもう一切れ口に放り込み、壁に貼ってあるお品書きを眺める。
『きつねうどん250円』
『肉うどん300円』
『ラーメン320円』……。
学校の食堂にふさわしく安価だ。
『トンカツ定食560円』
『からあげ定食450円』
『かつ丼500円』
と、まあ、だいたい高校生の財布事情からワンコインから1000円以内が相場だろう。……しかし。
一番端に少し離れて貼ってあるお品書き『サーロインステーキ定食5600円』って何だ!?
俺はてっきり店主の悪戯だと勝手に思い込んでいたが……。
目の前にそれを注文する奴がいたなんて。
「ん? ああ、値段は気にするな。俺の奢りだと言ったろ?」
部長はコメの上に最後の一切れを置き、一緒にかきこむと、暖かい緑茶を啜る。
「この間、株で儲かったからな」
もう一啜りしてから、
「まあ、大半は設楽原工事に投資したから、さほど残っちゃあいないがな」
あはは、と笑う部長。
一体いくら儲かったんですか? と、恐ろしくて聞けない俺は、目の前の、多分一生のうち、そう何度もお目にかかれないランチを無心で平らげた。
「さて、平良。お前にはやってもらいたいことがある」
腹が落ち着いたところで、部長は本題に入った。
「灼に聞いてるだろ? 遺憾ながら織田軍として歴史実験に参加するってこと」
あえて確認することではないはずだ。しかも俺は図書館で戦法を検証している最中なのだ。
今更、やめるだなんて言わないぜ? ……肉も喰ったし。
「まあな。双月には女子モトクロス部と交渉して臨時部員になってもらった。武田の騎馬隊を構成するために」
「灼に昨日会ったよ。そうらしいな。って、ということは俺にも?」
まさか、どこかの部活に入れってことか? 飛び道具を扱うところっていえば弓道部くらい?
俺は急に身構える。
「織田はよく銭で兵を集めていたらしい」
部長の言葉に俺も賛同する。
「ああ、離村した地下人を城下に囲って傭兵集団を大規模に形成してたという説もあるが……まさか!?」
俺の驚きに、部長は苦笑して手を顔の前で、ひらひら振る。
「さすがに兵を探してこいって、無謀なことは言わんさ」
俺は安堵の息をつく。
「この場所に、部活不参加組15名を集めた。これを期限までに使えるようにするのが、信長役であるお前の仕事だ。よろしくな」
部長は立ち上がり、俺に小さな紙片を渡す。
俺は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。俺には選択権はないのだから。
「現場にはサポート役として四字熟語もいる。色々と頼りにしていいぞ」
部長は、出来るサラリーマンのように、「じゃあ」と片手を上げて去って行った。
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