第八話:鉄砲玉の秘密~検証②~
※※ 08 ※※
けたたましいエンジン音が幾重にも重なる。
ここは丘陵地を利用した仮設サーキット『設楽原』。
一連に連なるモトクロスバイクがジャンプやフープスといった難セクションをこなしながらコースを巡っている。
「33番! ニーグリップが甘いッ!! バイクをもっと垂直に立てろ」
「14番! シフトチェンジが遅い! もっとフロントブレーキを意識しろ!!」
女子モトクロス部の部長である三郷美佐の声が響き渡る。
「48番!!」
たしか、あれは灼だったはず。
(へー……。なんか様になっているじゃん)
「48番! コーナリングは鋭く攻めろ! スロットルを開くのが早い!!」
轟音を鳴り響かせながら、寝かし込んだバイクを素早く立ち上がらせ、加速させていく。
(アイツ、普通に部活動してないか?)
俺は
馬防柵中央に15名が一列になって『家康ちゃん』こと四字熟語の合図で水鉄砲の射撃訓練真っ最中だった。
まあ、我が軍のことだけど……、さっぱり様になっていない。見ているだけで、もう勝てる気がしないのだ。
「
15名が一斉に水泡を打ち出す。川岸に立てられた赤い看板、つまり標的を越えて、反対側の川岸に着弾した。
おまけに命中精度も悪いと来たもんだ。
ちなみに今回、部長が用意した種子島は、外観は火縄銃そのものだ。
しかし、様式が異なっていた。何でも消防団が使用する最新式の装備で、圧搾空気で水の塊を打ち出すというものらしい。それを改良したものだ。
玩具にしては、立派すぎる。部長も凝り性というものだ。
ただ、この玩具、取り扱いが非常に難しかった。水弾を発射するとその
「
あくまで涼やかな態度で、過酷な試練を課す、四字熟語。
最初に根を上げたのは、我がクラスメートの暇人、富樫だった。
「師匠ォー、もうこの辺でよくねェ? 疲れたよォ」
へたれこむ富樫に四字熟語は容赦ない。
「富樫。あの的に当たるまでやめない。続ける」
さらに富樫は俺に情けない顔を向け、
「平良、お前もそう思うだろ? いきなり頑張りすぎても無理だってェ」
俺はほかの奴らも見る。異口同音に唱え始めた。
俺が何か言おうとしたとき、爆音とともに灼がやってきた。
「なになに? 合戦する前から降参?」
ヘルメットを取り、さわやかな汗を払いながら満面の灼の顔が現れた。
「……そんなことするかよ」
憮然と言う俺。
「やっぱり、文献や絵図をみると、鉄砲ってこういう運用になるわよね」
四字熟語とその不肖な弟子たちの訓練風景を眺めつつ、言う。丁度、四字熟語の号令によって15名が一斉射撃をするところだった。
「……何だよ。文句言いにきたのか?」
つっかかる俺に、あっけらかんと笑う灼。
「そうじゃあ、ないって。当たり前だけど鉄砲って敵に向かって撃つもんなのよねって思っただけ」
「どういう意味だよ?」
ちょっと、
「考古では『設楽原の鉄砲玉』はちょっとした謎なの」
エンジンを切り、バイクを倒して、俺の横に座る。
いつも見慣れてるはずの横顔なのに、鼓動が高鳴った。
多分、ツインテールでなくてポニーテールのせいで、夕日の赤が眩しくて、最近会ってないのに近すぎて……。
俺は灼の横顔に見とれていた。
「なによ? あたしの顔、変?」
訝しがる灼に、我に返る俺。
「い、いや。急におまえが理解できんことを言うから。って何だよ? 『設楽原の鉄砲玉』の謎って」
「うん、さっきも言ったけど、一定方向に大量に射撃したとして、本来まとまった場所、つまり着弾点に大量の鉛玉が出土しなきゃおかしいのよ」
「まあ、そうだろうな。常識的に考えて」
頷く俺。
「でもね、出てこないの。出土されてもわずか十数発。しかも出土場所がバラバラ。まあ、当時鉛は貴重だから合戦後に回収して回ったのではという人もいるけど、それでもありえないわ」
「へえ、なるほど」
俺は素直に関心する。そんな話もあるのか……。
「じゃあ、灼の考えは一斉射撃はなかったと。鉄砲は違った運用だったと。じゃあ、聞くが合戦屏風図はどう説明する? あれは全くのフィクションか?」
「屏風図は動画と違って動かないわ。確かにあの陣容で相対する瞬間はあったと思う。でも、終始そうじゃなかったと思う」
細くながい人差し指を朱唇にあてて言う灼。コイツが思考しながら話すときの癖だ。
「あとね、今回、この設楽原を建設するとき思ったの。この縦横無尽な空堀。しかも丘陵に沿って作られた空堀は丘の上にもあり、しかも信長の陣地だった場所の近くまである。馬防柵を立てておきながら、陣中深くまで武田勢が切り込んでくることを想定してるみたいだわ」
それは、俺も思った。随分堅固に構築された陣地だったんだろうなって。
急に笑い出す灼。俺は少なからず驚いた。
「まるで、塹壕ね。一番ありえないけれど、ね。それはそうと、なんであんたとこんな話をしてるんだかッ!!」
「ちょっと、待ったァ!」
急に立ち上がる灼。バイクを起こし、去ろうとする灼を思わず呼び止める。
「なによ?」
「……今、何て言った?」
真剣な顔の俺に、白い頬を膨らませる灼。
「何よ、そんなに怒らなくていいじゃん。はい、はいッ!! あんたはあたしと歴史の話をしたくなかったんだったよねェ」
ベェーだ、舌を出す灼。が、俺の反応に違和感を感じた灼は不思議そうな顔を見せる。
「さっき、まるで何と言った?」
俺の詰問に、怪訝がるように言う灼。
「……まるで塹壕ねって。根拠もなにもないので一番ありえないけど」
「それだァァァ!!」
俺の雄叫びに灼はますます訝しがる。ついでに四字熟語も鉄砲隊15名も俺を見た。
「灼!!」
思わず、俺は灼の手を両手で握る。たじろぐ灼を引き寄せた。
「ありがとう!! やっぱりお前は最高の幼馴染だぜッ!」
灼の手を握りしめたまま、小躍りする俺を、灼は朱くなった頬を隠すように俯き、上目で優しく睨む。
「……平良のバカ。こんなのありえない……」
消え入る、その声は俺の耳には届かなかった。
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