第六十二話:騒ぎ出す『源氏』~検証⑰~
※※ 62 ※※
「よしッ、新庄……先輩。大根の皮を
灼は熟練した包丁
「あいよ」
と新庄は軽く答えて、
「あんたから今さら新庄『先輩』って呼ばれるのは
大いに
「それはそうと、双月。安い小魚をたくさん買ってたけど、どうするの?」
言いつつ新庄は、手早く
「もちろん、
「い、いや。あたし……流石に魚は
新庄は両手を上げ、顔を横に振った。僅かに眉が困った様子を示す。
「そう。じゃあ、あたしがやるから土鍋の火加減を見てもらっていい?」
素っ気なく答える灼はザルの小魚を水道水で流し始める。土鍋の前に立ち、煮立つまで新庄は興味深げに灼の手元を
「まず、魚は
流し終えた灼は
「タイは
「うん」
新庄は灼から
「魚の
指摘された新庄は指先に意識を集中して
「そうそう、
素直に聞く新庄の
「平良ッ! あんた、あたし抜きで勝手に進めないでよ」
「いや別に、会長と今後の生徒会について話してただけで……『
「そうなんだ」
「谷君の言う通りよ。それに『
「ご心配なく」
灼は語気強く短い返事をした。話をしながらの片手間でも誤ることなく微妙な火加減に落とす。
「双月。土鍋に
目下、調理に全力を尽くしている新庄が訊く。
「うん。
灼は大皿に乗った具材を見て何度も頷いた。
「最後に具材を煮込んで完成ね」
新庄は聞きながら
「じゃあ、後はあたしがやるから、双月は休んでなよ」
「いいの?」
遠慮がちに訊く灼に、新庄は
「出来たよ。土鍋持って行くけど良いかな?」
新庄がキッチンからカウンター越しに声をかけてきた。会長は食器を並べるのを手伝い、俺が準備したカセットコンロも万端だ。
新庄が慎重に土鍋を置き、
「へえ、これが『源平鍋』かぁ。お、ナルトが入ってる」
「いっぱい食べてね、平良」
灼は手にした取り皿に
「あたしたちって、やっぱりお邪魔だったようですね」
「そうね。カレシのいない私たちの前で見せつけてくれるわ」
「なッ!? こ……ここ、こんなの、普通だわ」
苦くも嬉しげに。灼はどことなく弾んだ声で戸惑いを
「
なんだか分かるような分からないような
「はいはい、
二人の様子に見かねた新庄は投げやりに言い、
「さて、頂きましょうか」
会長が合図と共に
「いただきますッ」
すっかり
楽しく騒ぎながら分けて食べること数分。女子の話題から離れて俺は一人、食欲の男になっていた。
「平良、そろそろ
「まあまあ、ここはあたしがやるよ。お二人は
と気になる笑みを浮かべながら、キッチンへと消えた。仲間外れにされた会長は少し複雑な表情で不平を鳴らす。
「私もいるのだけど……って、まあいいわ。ところで谷君に双月さん、あなたたちは『源氏』についてはどう考えてるのかしら」
会長の問いに、俺は高橋先輩と藤川先輩の評価を思い出す。
「将門にとって『源氏』は厄介な存在だったと思う。こいつは私見だが、荘園を時の権力者に
「『
灼の問いに俺は大きく頷く。
「そうだ。しかし
――『将門記』には、
『以去承平八年春二月中
武藏權守興世王・介源經基
與足立郡司判官代武藏武芝
共各爭不治之由。 と共に
如聞、國司者無道為宗、 聞く
郡司者正理為力。 郡司は
其由、何者、縱郡司武芝、 其の由、
年來、恪僅公務、有譽無謗。 年来、公務に
苟武芝、治郡之名、
頗聽國内。
撫育之方、普在民家。
とある。
つまり先例を破り、
「
灼はその事実に奇妙な落胆を感じた。俺も呆れ顔で続ける。
「『源氏』のほうがよっぽど不良だな。そんな
翌年
――『将門記』には、
將門且興世王與武芝 将門また
令和此事之間、 此事を和せしむるの間に
各傾數坏迭披榮花。 各々
而間、武芝之後陣等、
無故而圍彼經基之營所。 故なくして、かの
介經基、未練兵道。
驚愕分散云。
忽聞於府下。
于時、將門鎮濫惡之本意、 時に、
既以相違。 既に以て
興世王留於國衙、
將門等歸於本郷。
せっかく
灼は神妙な顔で俺の話を聞いている。会長も不快そうだ。
「『
だが、同じく
灼はついに
「
俺は嘆息を込めて言う。
「
灼も果たして、辛さと悲しみを混ぜて、しかし断固して言う。
「
それもまた、奇異のようだがあり得ない
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