第六十一話:『平氏』が目指した場所~検証⑯~





               ※※ 61 ※※





 三人はファーストフード店から出て夕暮れの中、駅前から続く大通りの商店街を歩いていた。


「たまに食べるファーストフードもいいもんだな」


 俺の素直な感嘆に灼が非難の声でっ気なく返す。


「あんた、食べ過ぎよ。ご飯が食べられなくなるじゃない」

「そうかな」

「そうよ。今日はハンバーグを変更して野菜中心にするわ」


 桜色に染まった頬を膨らませて、耳に痛い直言ちょくげんをバンバンと言う灼に俺は思わず苦笑がれた。かたわらを歩く新庄は、そんな二人の光景をあきれ気味に見やる。


「双月は谷に対して過保護過ぎ。こんな奴、一晩食べなくても死なないわ」


 何を知ってか知らずか、軽く野次やじる新庄。しかし灼には、からかいもなく本気の色で訂正してくる。


「やっぱり駄目よ。平良は放っておいたらコンビニやファーストフードで済ませちゃう」


 と、灼がすごい剣幕で俺をにらんだ。俺は自業自得の申し訳なさに小さな謝辞を混ぜた表情で、敢えてぼかして答える。


「そんなことはないぞ。スーパーの惣菜コーナーは色々と品揃いが良いからな」

「それじゃ意味ない! あんた、あたしが作らないと野菜を全然食べないじゃんッ」


 怒り心頭の灼がきつい声を上げた。その姿に新庄が大声で笑う。


「あはは。やっぱり谷には、双月が食べさせてあげなきゃってことね」

 

 俺は隣を歩く手厳しい少女の気も知らず……あるいは知りつつもわざと、落ち行く夕日が染め上げている街並みと、人影の多い行く先に目を移していた。


「あれ?」

 

 赤に満たされた光景から、俺は最近よく行動を共にする一人の存在を見つけた。


「あら? 谷君に双月さん……それと新庄さん。珍しい組み合わせね」

「会長の方こそ、こんな時間に商店街にいるだなんてな。本屋で漫画の立ち読みか?」

「私は漫画は……ほとんど読まないわ」


 俺の悪態あくたいに会長はかげった表情を作った。しかしその反発も、悩み抜いた末の悲しみによってすぐに消え去る。


「今晩、私一人だからご飯を調達しようと思って……でも弁当やファーストフードは無理だし、自分で作るのも苦手だし。そういう理由で彷徨さまよってたのよ」


 少しだけ躊躇ちゅうちょしてから会長は律儀りちぎに答えた。思わぬ反応に慌てる俺は戸惑いを隠して、思わず気遣いの声をける。


「そ、そうか。会長も大変だな」

「まあ、仕方のないことだわ。コンビニでサラダでも買って帰ることにするわ」


 軽く会釈えしゃくをして立ち去ろうとした会長を灼が呼び止める。


「ちょっと待って。会長さえ良かったら晩御飯、一緒にどう?」


 灼の唐突な申し出に振り向いた会長は戸惑いと驚きを見せ、うかがいの視線で俺に言葉を促した。


「いいんじゃないか。せっかくだから新庄も一緒にどうだ?」


 俺は反射的に賛同し、同じ場にいる新しい友人も隔意かくいなく誘った。新庄は全く素直な笑顔で頷く。


「プロ顔負けと噂高い双月の料理が食べられるなんてサイコーじゃんッ」


 新庄の気軽な雰囲気も手伝って、会長は目の前の少女……真っ直ぐな瞳で朗らかな笑みを浮かべる灼の好意をありがたく受け取った。


「では遠慮なく、お呼ばれを頂こうかしら」

「うん。じゃあ、行きましょうか」


 灼は嬉しさをいっぱいにして歩き出す。日は既に落ち、夕闇と街灯の薄い明かりが俺たちを包み込んでいた。





 途中、最寄りのスーパーマーケットで食材を調達し、灼の家に辿り着いた時には、荷物持ちで疲労困憊ひろうこんぱいとなり、俺は安らぎを求めてリビングのソファーに深く身を沈めていた。

 母親にあらかじめ灼の家で晩御飯を食べる旨、友人が二人一緒である旨をメールで伝えてある。その返事が返ってきた。俺は震えるスマートフォンをポケットから取り出して内容を確認する。


「灼、後でお袋が様子を見に来るってさ」

「えっと、お義母さんが?」


 灼は小柄な体躯たいくによく似合う、トレーナーにパンツルックという普段着の上からエプロンを着けていた。俺は頷き、再びソファーに腰かけ直す。

 ポフンッと軽く座っていた新庄が立ち上がり、暖簾をくぐってキッチンに入る。


「双月。あたしも仕込しこみを手伝うわ。あんたほどではないけど、ウチは兄弟が多いので料理の腕はそこそこよ」


 新庄は購入してきた食材を袋から取り出して仕分けを始める。多めに買い込んだ野菜を並べながら、


「これから何を作る予定なの?」

「『源平鍋げんぺいなべ』を作るわ」


 大きい栗色の瞳を輝かせ不敵に笑う灼。しかし俺を含め、二人の少女は無名の鍋料理に疑問符を浮かべた。


「灼。もしかして検証中の『平氏』にちなんで、お前が創作したのか?」


 俺はソファーから立ち上がり、キッチン台に散在さんざいしている食材を眺めた。肉類はなく、言う通り野菜の種類が豊富だ。海鮮が少々あるということは寄せ鍋に近いのか。

 灼は凛々しい顔立ちを緩め、しかし平然と鼻を鳴らして言う。


「香川県の郷土料理よ。大根を『源氏』、ニンジンを『平氏』に見立てた鍋料理で、一説には文治ぶんじ元年<1185>屋島の戦いで勝利した源義経よしつねに地元の漁師が振舞ふるまったのが始まりらしいわ」

「屋島の戦いって?」


 新庄が大根の皮をきながら、さっぱりとした顔でおののきたくなるような質問をした。


「平安末期に起こった源平合戦の一つだ。最後は山口県だんうらで清盛が極めた平家の栄華が終わる。『平家物語』あるいは『源平盛衰記げんぺいせいすいき』が有名で……って新庄、期末試験は大丈夫なのか? 今回の日本史はかなり範囲が広いぞ」


 驚きを突き抜けて、俺はゲンナリ顔で答えた。新庄は明るく朗らかに笑う。


「あはは。うん……まあ、赤点でなければいいかな。もし赤点取ったら、その時は宜しくね。谷」

「どうせ人に頼るなら赤点を取らないよう最初から谷君に教えてもらうというのはどうかしら?」


 別の色味を宿やどして会長が笑って差し戻した。戻された新庄は笑いを消して言う。


「なるほど。それはいい考えですね。谷を当面『レンタル彼氏』しよう。イケメンじゃないけど」

「まずは一人で頑張ることね。仮に赤点取ったら、のあたしが教えてあげる。光栄でしょ。それと平良はレンタル不可よ。イケメンじゃないけど」


 言われた灼はしれっと返す。俺自身なんだかあずかり知らぬところで、容赦なく無下むげに扱われている気がして憮然と食卓の椅子に座った。しかし反論するのも格好が悪いので無言のまま頬杖ほおづえをついて灼を眺める。

 大きめの土鍋をコンロに置き、空っぽの土鍋でいりこを乾煎からいりし始める灼を、新庄が驚きを隠さず「水で煮てダシを取らないの?」と、調理方法の効果を聞く。それを自慢げに、しかも愉しげに「香ばしくすることで、コクのあるだし汁が出るのよ」と灼が説明していた。

 女三人寄ればかしましい……ではないが、もはや男子の居場所はない。だが、悪くはない。

 小学校から今日まで、灼が自分のウチに女子を呼んで楽しく歓談することはなかったからだ。


「谷君。あなた、双月さんを見る目が恋人というより、お兄さん……いや、お父さんみたいだわ」


 唐突に会長が意地悪な微笑みと合わせて水を向けてきた。俺はいつの間にか対面たいめんに掛けていた、無駄に鋭い少女の声をぶっきらぼうに切る。


「そんなことはないぞ。それよりも、だ。生徒会についてだが最初から敵意を示してた高橋先輩と藤川先輩は除外して、新庄が帰順したということは『内輪揉うちわもめ』は終結したと考えていいんだな?」

「それで良いと思うわ。ただ……」


 会長は一瞬だまって、再び口を開く。


「……そうね。良兼よしかね貞盛さだもり良正よしまさ連合軍、つまり坂東の有力国人である嵯峨さが源氏とのきずなによって形成された坂東平氏軍と、将門まさかど軍の数度にわたる合戦は将門まさかどによって勝利する。

 坂東は将門まさかどによって一旦いったんは平定されるわけだけど、谷君の『歴史検証ゲーム』を読んで私が勝手に思ったことがあるわ」


 不意の話で俺が戸惑っていると、すかさず会長は追い打ちを掛ける。


「将門はもっと真剣に『鎮守府ちんじゅふ将軍』の位を求めるべきだった。そうすれば、この後に『鎮守府将軍』になった藤原秀郷ひでさとにも『清和源氏の祖』である源経基つねもとの子孫にも坂東が荒らされることはなかったかもしれないわ。……だから」


 会長はき上がる気持ちをいだいて、黒い大きな瞳で見据えて。


「高橋も藤川も『源氏』のように定例会の信任投票で必ず圧力をかけてくる。だから、谷君。あなたは絶対に『生徒会長』を目指しなさい」

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