第十六話:考古の優位




              ※※ 15 ※※




 改めて飯塚先輩……、いや『考古学研究部』部長が席につき、灼を見た。

まっすぐで嫌味のない笑顔に戸惑いを覚え、視線をそらす。

 その先に俺の顔を見たもんだがら、「ふんッ」と鼻をならして、そっぽを向いた。


「結論から言うと、さっき高階が言ったとおり、双月をこちらに勧誘するつもりだ。どうだ?」


 飯塚先輩の言葉に灼は、にべもなく


「断るわッ!」


 灼は立ち上がり、俺に向かって顎をしゃくる。


「平良、もう用はないから帰るわよ」

「双月。君は『考古』がやりたいんだろ? いつまで不確かな『文献』とともに歩んでるんだ」


 飯塚先輩は立ち上がった灼の背中に問いかけた。灼は立ち止まる。


「ここなら、発掘調査にも参加できるし、もっと君の実力を向上できるはずだ」


  灼は振り向き、大きな瞳に確固たる意志を示し、堂々と言う。


 「あたしにはこいつがいなきゃダメなのよッ」


  その瞬間、結衣先輩が顔を赤らめ「にゃァーッ!! 激情ォ~」と小さく騒ぐ。それを見た灼は戸惑いながらも、


「ちち、違うわッ! そう言う意味じゃなくてッ……。何というか、あたしの考古に対する底上げ的な存在みたいなものだわ」


 と言い切り、俺を見る。上目づかいで遠慮がちな視線に、灼の確かな言動の裏にある、脆く繊細な心情が伝わった。

 俺は後ろ頭を掻きつつ、


「先輩」


 真っ直ぐ飯塚先輩を見て続ける。


「最初に言っておきますが、俺と灼は『恋人』とか『夫婦』とか呼ばれてるが、単なる幼馴染です」

「ナァ!?」


 灼は大きな瞳を更に見開いて、驚愕な視線を俺に向ける。しかし、そんな些事を無視して一呼吸置く。


「俺は、こいつと小三の頃から一緒に『歴史』を見てきました。その後二人の歴史の視点に相違は出ましたが……。それでも、やっぱり俺たちは二人で一つなんです。こいつの考古に対する探究心は凄まじいものがあります。でも、こいつの原動力は『文献』である俺なんです」


 俺は微笑み、灼の頭に手を置く。灼は露骨に迷惑な顔を見せた。


「多分……いや、きっと灼は『考古』のみに専念できないと思います」


 俺は、飯塚先輩と結衣先輩を見据えた。二人とも真摯な態度で俺たちを見ていた……が。


「ぷ、ぷぷ……」


 まずは結衣先輩が吹き出した。それにつられ飯塚先輩も大声で笑い出す。


「い、いや、ごめん。悪かった。君たちの気持ちはすごく伝わったよ。ありがとう……」


 飯塚先輩は笑いを堪え、言う。

  

(俺、そんなに変なこと言った?) 


「ともかくとして……」


 飯塚先輩は言う。


「俺たちがやっているのは『歴史』への探求だ。過去に起きた様々な人間模様を想像し、できるだけ現在に具現化し、未来への道しるべとする。とある同級生が言ってきたんだ。どうしてそんな暗記科目に力を入れるんだって」


 俺たちを優しい視線で促す飯塚先輩。俺と灼は再び椅子に座った。


「ナンセンスでっしゃろ?」


 結衣先輩の言葉に、俺と灼は大きく頷く。


「とある、ドイツの歴史家がこんなことを言った。『時が移ろい、場所が変わろうとも、人のいとなみは変わることはない』とね。これは歴史の真理だと思う。だが、『歴史』を考証する手段として、過去の遺物に頼らざるを得ない」 


 飯塚先輩は突然、俺に質問した。


「邪馬台国ってどこにあると思う?」


 俺は少し狼狽しながらも、努めて答える。


「三国志の『魏志』にある『東夷伝』の中の『倭人の条』と、その後の『晋書』の『宣帝紀』等から考察すると九州説は大きいと思います」


 さらに続ける。


「三国志に記述されてる路程は、晋王朝、さらにいうならば魏王朝で定めた里程ではなく蜀制の里程ではないかという説があるからです。というのは、作者の陳寿は元蜀の官吏であり、そもそも『三国志』自体特に勅によって編纂されたものでなく、さらに言えば中国二十四正史に入らないという人もいるくらいですから。ちなみに、記述どおりに路程を組むと邪馬台国は南シナ海中まで行ってしまったと聞きますが、蜀の路程で考えるならば九州に収まるのではとの考えもあります」


 じっくり聞いていた飯塚先輩は言う。


「つまり、確定する説がないのだろう?」


 俺は言葉に詰まる。が、あえて言う。


「あらゆる『文献』から当時の状況を考察し、考証しながら整合していくものです」

「でも、歴とした遺物が発掘されてしまえば、その瞬間、それは覆る」


 飯塚先輩の言葉は俺の心を砕いた。


「それが『考古の優位』なんだな。どれだけ紙面上で考察しても、出てしまったら、それは厳然とした事実。とはいえ、考古学では『物』が動くのは常識だ。たとえ、発掘された場所で歴史的事実に類する遺物が出たとしても、そこが中心とは考えない。まあ、さっきの邪馬台国の例を言ってしまえば世間では『文献』は九州、『考古』は畿内だなんて言われたこともあったが、考古では出ない以上『わからない』というのが答えだ」


 俺は何も言えなかった。そんな俺を見て言う飯塚先輩。


「それでも双月の支えになれるのか?」


 俺は奥歯をかみしめた。

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