第十七話:文献の価値




            ※※ 17 ※※





(たしかに……)


 出てきた遺物が意味を持っているのならば、あるいは意味を持たせることが出来るのであれば、きっと……それは『歴史的事実』だ。

 だが、本当に全て、あらゆる時間軸の中で、『考古』に対する見識者によって、常に見定められてきたのだろうか?

 

(それは否だ)


「……俺は、それでも灼を支えたい」


 いや、違う。支えたいのではなく、俺たちはすでに支え合っているのだ。

 俺は凛と先輩を見る。


「先輩は当然『甲骨文字』ってご存知ですよね?」


 飯塚先輩は、突然の話題転換に意味不明といったふうに首肯する。結衣先輩も灼も同様だ。

 俺は、三種三様のリアクションを確かめた後、終始、俺を穏やかな瞳で見つめてくれる美人先輩(中身はザンネン)に質問した。


「通説、『甲骨文字』はどのように認識されたかご存知です?」


 結衣先輩は小首を傾げ、


「石に刻まれた碑文やら、絵画に書かれた文章を研究してはった『王懿栄』いわれるお人やったかな……。こんお方がたまたま北京の漢方薬店で購入しよった『龍骨』に『金文』つまり、文字が刻まれていたの発見したのがきっかけと聞いとります」


 さらりとここまで説明してくれる先輩に心の中で敬意が芽生えた。


「ありがとうございます。結衣先輩」

「おおきに」


 美人先輩が満面の笑みでお辞儀をする姿は、どこか余所余所しく思えた。

 俺は小さく咳をし、灼を見た。大きな栗色の瞳に広がる不安を、俺は笑顔で返した。


「飯塚先輩。古代中国王朝である『商』つまり、『殷墟』の発見に至るための経緯を作ったのは『龍骨』を解読した文献者なのです」


 俺はここまで話して大きく息を吸い込む。

 

「俺は、灼の『考古』の支えでないこともあるかもしれません。しかし俺の『文献』の価値はそこにあるのです」


 そして、言う。


「こいつの隣は、俺しかありえないィ!」




……後日。


この時の発言が、思ってもみない事態になるとは思いもしなかったのだ。 

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