第二十六話:『源実朝暗殺』事件
※※ 26 ※※
学校内で事件が起きた。
とはいえ、学校内なのだ。おおよそ喧嘩か盗難、紛失の類いだろう。
案の定、俺の
加害者は富樫。被害者は飯塚先輩。つい先日までは共に研修旅行まで行った仲であったはずなのに、何故そうなった!?
俺は現場にいなかった為、
気が付けば階段の踊り場で富樫と飯塚先輩が取っ組み合いで口論し、あげくの果て飯塚先輩は階段から転がり落ちたらしい。
ただ複数の証言から、富樫はひたすら「裏切り者ッ!」と
内容は、
『いでてなば
俺は読んで、
これを詠んだ本人『源
それとも、誰かが悲劇の将軍を模して、陥れようとしているのか。
今は解らない。
『
そのとき、僧兵の一人だった
将軍が
今回の富樫と飯塚先輩との
久しぶりに一人で帰宅した俺は玄関を上がる。奥から母親の、はしゃぐ声が響く。暗雲が垂れ込めた表情でリビングに向かうと、母親と灼がお茶をしているところだった。
「実は今晩用事があったのよォ! ホントに灼ちゃん、お願いしてもいい?」
「いいわ、お義母さん。あたしも別に暇だし」
落ち着いた仕草で、ゆっくりとティーカップを口に運ぶ灼。反して、母親の興奮は絶頂を迎える。
「お義母さんッ!? なんて至福な言葉なのかしらァ……って、あんた居たの?」
「オフクロ、俺にも茶をくれ」
「愚息は水道水でも飲んでなさい」
相手にする気もない、聞く気もない、そんな態度を見せながら、
「俺はこれから調べものがあるから、部屋まで頼む」
と、リビングを後にし、自室に向かった。
自室でカバンを降ろし、制服の上着を脱いでいると、ノックが三度響く。
「どうぞ」
扉が開き、灼がお茶を持ってやってきた。少し
「あんた、あたしに何を隠してるの? もしくは、あたしに何か言ってないことあるでしょ?」
「え、えーと……まあ、確かにお前に話そうとした……いや、話すべき案件があるのだがァ……。その、なんだ」
受け入れると、それなりの覚悟をしたのだが、結果は自分自身でも不自然と感じるくらい、決意と行動が伴わない声を紡ぐ。内心、富樫と飯塚先輩の事件について、どう説明したものかと窮していたのだ。自室に戻って考える時間が欲しかった。心の準備は必要だ。
故に、しどろもどろは勘弁してほしい。
「富樫と飯塚先輩が口論の末、喧嘩したらしい。多分、事態が大きくなってるので何らかの処分はあるだろう。理由は分からない。分からないが……」
俺は、例の遺留品と呼ぶべき『歌』を灼に渡す。読んだ灼は愁眉を見せた。
「……で、あんたは
「根拠というか……
灼は俺にミルクティーの入ったカップを渡し、床に座り込んだ。そして、人差し指を小さな朱唇に当てる。こいつが思考を巡らすときの癖だ。
「ねぇ、平良……。本当に実朝は『石段』で、頼家の子供である『公暁』に『父の仇』って言われて殺されたの? だって叔父と甥の関係なのよ?」
俺は、ミルクティーを一啜りする。ほろ苦い茶葉と、気分が和らぐ乳製品の中にある仄かな甘み。これはきっと蜂蜜だ。いつも……やっぱり、灼の作ったものは何でも美味い。俺は無性に嬉しくなった。
最近、灼との『歴史』に対する話題で、以前のような重苦しさを感じなくなった。明るい気持ちで向き合って会話している俺自身に驚きつつ、しかし、それを灼に悟られないように、もう一啜りする。
「『吾妻鏡』には『石段之
丞相とは大臣、つまり実朝だな。しかも『
「それは?」
灼はお茶を啜り、訊ねてきた。
「『吾妻鏡』は北条一門を正当化するために編纂された書物だということだ。つまり、一方的な目線でしかない。しかも公暁は実朝を殺した後、『今将軍の
「一体、誰が裏切り者だったんだろうねェ……」
クッキーを頬張る灼は、見かけ通りの幼い顔に満面の笑みを浮かべた。これも灼の手作りのようだが、俺も口に放り込んだ途端、思わず頬が緩んでしまった。何度でも言うが、こいつの作ったものは、とにかく美味い。
「富樫の『裏切り者』発言は気になる。ちなみに慈円の『愚管抄』には北条義時だと勘違いして殺したと記載しているし、当時、儀式に参加した公家の日記『
また『百錬抄』にも『社壇において……』と書かれてる。まあ、社壇といえば敷地内全体を指すけど、暗殺は本殿で行われたという可能性もでてくるわけだ」
「……ところで、いっこ訊いてもいい?」
灼が上目遣いで俺を見つめる。一瞬、心臓が強く跳ねる音を聞いた。
「あんたの話、結構面白いんだけど、さ。少し傾倒しすぎるっていうか、固執してない? そもそも、富樫や飯塚先輩本人から話聞いたの?」
不意を突かれた俺は、言葉を失って凍りついた。そんな態度を見て、灼は大きな瞳を細めて微笑む。
「まあ、話の続きは晩御飯を食べた後にして……。平良は何食べたい?」
呪縛から解けかけた俺は、再び凝固する。
「晩御飯って……? 今晩うちにいるのか?」
「うん、今日は泊まるよ。お義母さんに頼まれたし。あ、うちのお母さんにも話してるから」
灼は空になったカップをふたつ盆に載せ、立ち上がる。俺は慌てて手を伸ばす。もはや、灼はドアを開けて外に出ていたので届くはずもないのだが、衝動的な意思に駆り立てられた。残された手を腹に抑え、
「……ハンバーグ」
俺の簡潔にして、強い決意の表れを、腹の鳴る音が全て
翌日、再び事件が起きた。
今度は結衣さんが失踪したというのだ。書置きを残して。
内容は、
『
俺と灼は憮然と顔を見合わせた。
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