第二十七話:生徒会長『山科花桜梨』
※※ 27 ※※
昌泰二<899>年、菅原道真は右大臣に昇進。昌泰四<901>年の正月には従二位に叙せられる。しかし、間もなく醍醐天皇を廃立して娘婿の
そして、都を去る時に詠んだ歌が
『
しかし、『
『
と、なっていることは意外と知られていないと思う。
『いでてなば主人なき宿と成ぬとも
俺は
結衣さんの失踪……と、いうか不登校事件は、放課後になると、校内の掲示板に公布された富樫と飯塚先輩の処分決定内容によって完全に
『校内暴力において、両分の理由に問わず、処分を決定する。
三年一組 飯塚新平
二年三組 富樫昭宏
両名を一週間の停学に処する』
目を通した灼が開口一番に叫ぶ。
「これって、重すぎない? たかが喧嘩よ!? しかも二人とも前科ないんでしょ?」
俺はパックジュースを飲み干し、ストローで空気の注入と
「……『喧嘩の事、是非に及ばず成敗を加ふべし』つまり、喧嘩両成敗だな」
「だってェ……でも、やっぱり変だよォ」
灼は少しばかりの理屈では引いてはくれない。しかし、だからといって、どうしようもないことも理解しているので言葉は自然と
その、やりきれない思いに反応するように、背後から声がした。
「……是非に及ばずか。『
俺と灼が振り向くと、
しかし、実際は少女が見上げ、俺が見下ろしていた。
「……ええと、正解ですが、どなた?」
「あなた、私を知らないの?」
確たる答えが当然のように、強い意志とともに返ってくる。
「私は、生徒会長の
「あんたが山科
「上級生に対しての言葉遣いではないわね。……まあ、いいわ。それはともかく、谷君と双月さんに差し上げたいものがあったの」
山科会長は、制服から取り出した封筒を俺の足元へ投げ、
「でも、考古研修は第一関門に過ぎない。次は二人だけに問題をあげる。せいぜい頑張って、ね」
と、
俺は、人生で初めて(灼以外)女子からもらった手紙が、こんなにも
そんな俺を余所に、灼が手紙を拾い上げ、中を見る。突如、不審な視線とともに、俺に突き出した。
『世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし』
確実にあの会長が黒幕だということが、いきなり判明して俺は大きな嘆息を漏らした。
掲示板から離れ、下校の道すがら、灼は終始不機嫌だった。聞かずとも語らずともわかる、
俺は校門から緩やかに下る坂道の
『
灼が、鋭い
「あんたまでゲームのラスボスみたいな会長に
「たえて桜のなかりせば!? 本当に桜を無くしてやるわよォ! この、この、くぉのッ!」
「はぁッー、はぁッー……。ところで、さっき
「
「わかってるわよッ! なんで、その歌なのかってことよッ!」
俺は再び坂を下りだした。灼も肩を並べて歩く。
「実は、さっき会長から貰った内容を考えてたのだが、どうも違和感が残る。というのも、富樫が残した歌と結衣さんが残した歌には関連性が見えてた。
まあ、飯塚先輩の歌は分からないが、もし二つの歌と重なる意味があったのだとしたら? 今回の事件を引き起こさせるように仕組まれたとしたら?」
「だと、したら?」
灼の大きな瞳に少し
「さっき、俺が言った歌の方が、富樫や結衣さんたちの歌と、なんか上手く組み合わさるんじゃないかと勝手に思っただけだが……すまん、俺も良くわからなくなった」
俺が情けない笑みを浮かべると、灼が瞳を細めて微笑した。
(よかった……。機嫌が直ったみたいだ)
「そもそも、全く関連なんかないのかもよ? あんた、会長から貰った歌に返歌があるの知ってるでしょ?」
「ああ、確か『散ればこそいとど桜はめでたけれうき世に何か
「そう。あいつは手紙を投げたとき、こう言ったわ。あたしとあんたに、ってね。つまり、この返歌を伝えるのが正解なのよ」
得意満面で大きく
どこか言い知れぬ、ボタンの掛け間違いで取り返しのつかない事件になる、
「おまえ、この二首の本当の意味わかるか?」
「どういうこと?」
不思議そうな顔を向ける灼に、俺は
「恋の歌だ。つまり『桜』は恋の例えであって、
『世の中に……』の方は『好きという感情が世の中になかったとしたら、こんなに悩まないのに……。でも貴方と私の恋が仮にないと思っただけでも悲しくなる』という意味で、
『散ればこそ……』の方は『人の気持ちも、恋の
ちょっと、いやかなり意訳したが、おおむねそんな感じだ。ん? どうした?」
灼は
「あ、あたしたちって、そういう風に見られてたんだぁ……。恥ずかしいィィ……」
幼い小さな身体をさらに縮ませて、俺に問う。
「でも、あれって確か在原
「『
『狩はねむごろにもせで、酒を飲みつつ、やまと歌にかかれりけり……』とある。まあ、ろくに狩もしないで、宴を開いて、酒の
笑って、ふと我に返る俺。
「
急に表情が硬くなる俺に、灼は
「あの女ァッ! 俺たちをコケにしやがってェッ!」
俺は我を忘れて、学校へ戻るべく坂道を走り出した。
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