第二章:学校動乱
第十三話:新たなる出発
※※ 13 ※※
文化祭も終わり、日常に戻ったのもつかの間。
今度は生徒にとって全く嬉しくないイベントが続く。
それは『中間試験』だ。
ある者は悲壮にくれ、ある者はもはや逃避し、ある者は追い込みをかけていた。
俺は自分で言うのも変だが総合成績は悪い方ではない。地元国立大学に入学できれば良いので、今の状態を維持すれば全然問題ない。変哲もない、いつもの放課後。俺はいつも通りに部室の扉を開いた。
「ありえないィ!!」
灼の言葉が部屋中に響く。四字熟語は相変わらず意に介せず読書をしている。 部長はノートパソコンに向かいつつ、俺が来たことにホッとしたのか、とある方向を指差し、眼で「後は宜しく」と語っていた。
「いい!? ポイントは『公地公民の制』から『三世一身の法』、そして『墾田永年私財法』よ。さァ、もう一度」
「こうちこうみんのせい……さ、さんぜいっしん?のほう、こ、こここ……ふぎィィィィ!!」
頭を抱えて悶絶する尾崎がいた。
「アッキィー、そんなに覚えきれないよぅ……」
「ありえないィ! まだ、たった三つじゃん。まだこの後、国衙領の崩壊と荘園の形成、自墾地系荘園から寄進地系荘園へ。そして本家・領家・荘官の役職と荘園の発展と続くのよ。このままだとオザキ、また日本史赤点よ?」
「きゅゥゥゥ……、赤はいやァァァ!! でもでも、日本史ムリィィィ!!」
頭がパンクした尾崎はそばにあるお菓子を啄ついばみながら嘆息する。
「あ~あ。こんなとき身も心も空っぽにして、バイクに乗って走りたいィ~」
「あんた、そうやって今まで頭の中まで空っぽにしてきたでしょうが!!」
灼の容赦ないツッコミに尾崎は再び「ふぎゃァァァ!!」と悶絶した。
状況が読めた俺は、肩をすくめて、四字熟語の隣のパイプ椅子に座る。ちらりと本のタイトルを見れば『知っておくと得する民法』と書かれていた。
(やっぱり、こいつだけはさっぱり理解できん)
灼が俺の存在に気が付き、ジト目で口を尖らせて言う。
「平良、あんたも手伝いなさいよ」
俺は面倒臭そうに、尾崎の教科書を覗く。
「灼……。こいつ、そうとうバカなのか?」
何気なく問う俺に対し、灼はしれっと答える。
「そうよ。かなりバカだわ。だから、こうやって、あたしが教えてるのに」
もはや、べそを掻いて、しゅんッとなっている尾崎に、俺はお菓子を指差し尋ねる。
「これ、お前のか?」
「そ、そうだけど? っていうか、アッキーと二人のだけど」
意味不明といった感じに、潤んだ大きな瞳が俺を見る。
「そっか」
俺はニヤリと笑い、突然、お菓子を取り上げた。
「これ、もーらいィ!!」
「え、ええェェェ!!」
椿事に尾崎が狼狽し、灼も「ちょ、あんた、人のものを独り占めってどういう!?」と、露骨に慌てる。
「このお菓子は、今から国のものでェーす」
俺の発言に部長はクスリと笑い、四字熟語が僅かに本から視線を上げる。灼は最初ポカンとしていたが、腰に手を当てて、不敵に微笑む。
「へ、へぇ……。それじゃ仕方ないけど、元々あたしたちのものよ。お菓子食べれないじゃない?」
「それじゃ、こうしましょう」
俺はお菓子の一欠片を灼の掌に置き、
「灼は我がままで自己中心だから、こんだけね?」
「……あたしの性格と、この話に何の関係があるのよ?」
憮然とした灼は、欠片を口に放り込む。
「オザキはおバカだから、こんだけね?」
灼に渡した欠片より、さらに小さい粉のような欠片を渡す。
「……平良君、酷いッス」
くすんっと鼻を鳴らして、掌を舐める尾崎。
「これが『公地公民の制』だ。今まで好き勝手にやってた豪族の土地や人民を取り上げ、国有化することだな。能力によって官位を定め、給料もそれに応じて支払われる」
「でもな、このお菓子だって無限じゃない。支払続ければ?」
「無くなるッス……」
と、尾崎。
「そこで国は、公平に税を取り立てる方法を考える」
「でも、土地は国のものッス。税金ってどうやって取れるんスか?」
俺はその質問に素直に驚いた。尾崎は意外とバカじゃないかも?
「いいところに気が付いた。そこで国は『戸籍』を作り、それを基にそれぞれの立場によって異なる、納税するための『計帳』を作った。そして国は人民に土地を貸すことにした。これを『班田収授の法』という」
灼が瞬間、はっとした顔になる。俺はそれを見逃さなかった。
俺は眼で「おまえ、『班田収授の法』説明してなかっただろ?」と詰問し、
灼も眼で「悪い? ちょっと忘れてただけじゃん」と誤魔化す。
俺は後ろ頭を掻き、
「今度は少し、視点を変えてみるか」
尾崎を見て、
「さっき、ペロリってしたの覚えてるよな?」
「……お菓子のことッスか? 覚えてます」
尾崎は不当な扱いをされたことも思い出して、憮然として言う。
「さっきのペロリは役人の立場だ。今度は人民の立場だが……」
俺はおもむろに灼に話を振る。
「灼、国から、お前さっき食べた欠片を作るために、毎月100万円税金収めろって言われたらどうする?」
「はあ!? そんなの無理じゃん。断固抗議するわよ」
鼻息荒い灼に、俺は畳み込む。
「その抗議が無理だったら? あと、現時点で戦うってのも無しだぜ? 武士の形成まで話すのは、今のオザキには荷が重すぎる」
不満顔で呟く灼。
「……だったら、逃げるしかないじゃない」
「そうだ」
我が意を得たりと俺。
「氏姓を正す根本台帳として作成された『戸籍』によって、『班田』と『計帳』作成の基礎とし、国は『公地公民』を推し進めた。が、さっき灼が言ったように過酷な税に耐えられなくなった人民は土地から逃げ出したんだ」
少しだが、尾崎の瞳に関心の光彩いろが見えてきた。ここまではどうやらクリアのようだ。
「オザキに質問だ。人民が土地から逃げると、当然作物が取れなくなる。そうなると税はどうなる?」
「取れないッス」
「取れないとなると、土地にまだ残ってる人の税はどうなる?」
尾崎は少し考え、
「重くなるッスかね?」
「重くなった人民はどうする?」
「……やっぱ、逃げるッスかね」
「そうだ。そうすると、国としては、さっきペロリとした給料さえ払えなくなる。そこで、国は考えた。人民自ら開墾した土地は三代に限り自分たちの好きにしていいよってな」
尾崎の顔がぱあっと明るくなる。
「これが『三世一身の法』ってやつなんスね」
部長がノートパソコンから顔を上げ、感心した表情を見せる。鉄面皮の四字熟語は尾崎を凝視した。
「ああ、その通りだ。しかし、これでも不平が残った。なぜだと思う?」
喰いつきが急に良くなった尾崎に対して、俺も面白くなってきた。
「そりゃ、三代まではいいッスよ。でも四代目はどうするんスか? せっかく自分たちのものになったのに」
「そういう不満を解消するために国は『墾田永年私財法』を制定した。もう、こいつの説明しなくてもわかるよな?」
俺の笑みに、尾崎は晴れやかに言う。
「ここで、ようやく自分たちの開拓した土地が、ずっと自分たちのものになったんスかァ」
「そういうことだ」
俺は満足しつつ首肯する。すると尾崎は大きな瞳で俺が持っているお菓子を見つめる。
「じゃ、これも返してもらえるんスよね? 平良君」
尾崎の満面の笑みに負けて、お菓子を渡す。
「……ちなみに俺、お前の先輩な。平良君は変じゃないか?」
「いいじゃないッスか、平良君で。今の話、すっごォーい、分かりやすかったッス」
お菓子をおいしそうに頬張る尾崎が、一欠片摘み、俺の口に入れた。
不意を襲われた俺は一瞬、固まる。それを見た尾崎は無邪気に、愛らしく笑った。
「あああ、ありえないィィィ!!」
狂乱した灼の叫びが、再び部室に響いた。
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