第三十六話:藤原『兄弟』~検証⑤~
※※ 36 ※※
駅前東口より定期的に運行されているバスに乗り、俺と灼は郊外のアトリウムモールに到着した。
アトリウムモールとは大規模商業施設であり、その名の通り、光を通すアクリルパネル材質の屋根で覆われた大規模な
そして、その中庭――通称<アリスガーデン>の中央部に向かって歩いている俺と灼は、ここに来た者の誰もがそうするように、その構造美と景観に感嘆の声を
「やっぱり、何度来ても圧倒されるわね」
「うん……。壮大で綺麗だ」
大きな噴水の周囲を最下層にして、最上階へとガラス張りの
また、建物全体を見下ろすことが出来る解放感が、長い階段を昇る疲労も忘れさせてくれるのだ。そして昇り切った最上階は、美術展示場として様々な催し物が行われている。
その入り口でもある螺旋階段の最下層の端には、この場の空間を損ねないよう、返って
「高校生、二枚」
俺は、入館チケットを購入して、灼と一緒にゆっくりと昇る。
「平良、お金は?」
「ん? いいよ。今日の目的は気分を変えて
「あんたに心配されなくても、あたしは毎日二十四時間、元気よッ」
ちょっと、こそばゆい感情を隠すように、不機嫌を装う顔が僅かに赤い。大きな栗色の瞳と、俺の視線が重なる半秒も経たないうちに、灼は鼻を鳴らして、ぎこちなくそっぽを向いた。
向いた先で言う。
小さな朱唇の中だけで、ありがとう、と。
「何か言ったか?」
「別にッ!」
ことさら素っ気ない態度をとる灼。その微細な変化に気が付かず、ただ
(要らぬ心配が返って……。余計な事、だったかな)
俺は、昨日灼の流した涙を思い出す。
俺と『一緒』に食事を
きっかけは
灼の熱心な姿に、俺も感化されて、『一緒』に楽しもうと決めた。だからこそ、あの涙は今までの中で一番胸に応えた。
『一緒』という、心地よさを無自覚なまま過ごしてきた俺が、灼以上に考えなければならない問題だと思った。思って、父親の『責任』という言葉が重く圧し掛かった。
俺はきっと近い将来、灼や結衣さんに対し、
今は見つからないけれど、何かを探すために、もう一度確かめたい。
かつて小学生の俺と灼が初めて『一緒』を感じた原点。
この場所へ来た、俺だけの、もうひとつの目的だった。
俺は、暗雲が低迷したまま無言でいると、今度は灼が、
「……平良。ごめん」
「ん」
自然と即答していた。なんとなく、そう言う気がして。
俺は灼の声を待っていたのかもしれない。謝罪の意味ではない、その言葉を。
だから、分かってくれていると思う。俺の言葉に、拒絶の意味はないことも。
俺と灼は、しばらく無言で
降り注ぐ陽光に、輝く噴水。開放感ある空間との共存。それらを本当に見て言っているのか、大きな瞳を泳がして、
「き……綺麗だ、ね」
と、ぎこちなく妙なアクセントを付ける灼。
「ああ、そうだな」
俺は思わず、くすりと笑う。灼はその反応に、乳色の頬を「むうッ」と膨らました。突如、上部から
「なんかすごいお似合いの兄妹ね」
「高校生と小学生くらいかな……可愛いねえ」
と、会話が聞こえてきた。ますます不機嫌になる灼。
「……兄妹って言われた」
「可愛いって言われたから、よかったじゃないか」
俺の返答に、灼は無愛想に
「……可愛くないもん。兄妹って呼ばれたのもイヤ。もし、結衣先輩だったら……」
灼には、ただの一秒が途方もなく長く感じた。
「おまえは十分可愛いよ」
小さな頭を
「ふ……ふ、ふんッ。あんたに言われても全然嬉しくないわ」
灼が
「兄弟と言えば、藤原
「藤原
俺は大きく頷き、
「『
その中の説話に、こんな話がある。
――
ところが、
「へえ、あの道真より有能だったんだ」
灼は驚きを隠さず、大きな瞳をさらに大きくする。
「ちなみに、皇女の源
「ひええッ。ここにも菅原家の
灼は、感嘆に
「その縁で
『
「あんた、まさか遠方の関東より太宰府にやって来た
灼の質問に、俺は肯定する。
「
ついに俺と灼は
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