第二話:きっかけ


             ※※ 02 ※※



  部室のカギを職員室に返還する道すがら。

  下校途中の俺と部長は校庭の並木道を歩いていた。


「しっかし、飽きないよな……お前ら。毎度毎度の夫婦喧嘩」

「夫婦じゃねェ!」


 俺は間髪入れず全面否定する。


「それに歴史検証を痴話喧嘩みたく言うな」


 もっともらしいことを言ってみる俺。灼とセットにされるのは全く嬉しくないからだ。


「内容はあれとして……やってることは立派に痴話喧嘩だわな」


 俺の言い訳をさらりと受け流して、「とりあえず」と、メガネの奥がキラリと光った。


「……協調性ゼロのお前たちをダシにして、ダシだけに文化祭の出し物にする。いやー平良VS双月『長篠の合戦』を題材にした夫婦痴話喧嘩ガチンコ・デスカッション。満場一致で可決して良かったァ」


「おいッ! 全然うまくねェ」

「いいじゃないか。お前たちの歴史考証とやらで決まったことだろ? やりがいあるぜ。

 武田軍の双月が馬防柵を突破して大将のお前を打ち取ったら、武田の勝ち。陣中を突破できずに全滅したら織田の平良が勝ち」


「それって全然実験考古になってないだろッ」


  俺は、とにかく反対だ。


「文化祭だぜェ~? 気軽に行こうじゃん。火縄銃は水鉄砲で代用するとして、問題は馬かぁ~? 女子モトクロス部に参加してもらおうかな」


「おいおい……」


 部長の脳内にはすでに構想があるようだ。一体俺たちに何をさせるつもりなんだ?

 俺の不満顔を見た部長は、不敵に笑う。


「今年は東葛山祭の歴史に名を残す、素晴らしいイベントになりそうだな。ほかにも参加者を募るつもりさ。まあ、生徒会の仕事もあるらしいが、四字熟語もノリノリだし」

「……あの鉄面皮のどこがノリノリなんだよ」


 さすがにそこはツッコミを入れさせてもらう。


「それはそうと……」


 部長がいきなり顔を寄せてくる。一瞬、たじろいだ。


「双月は一年女子の中では、かなり有名人らしくてな……。学校中の運動部が欲しがるくらいの運動神経の良さ。おまけに可愛いから男子にも人気が高いッ! 成績優秀! 容姿端麗!!」


「……天真爛漫てんしんらんまん、自己中心」


 いつの間にか、そばにいた四字熟語が話に加わる。


「……容赦ないな、お前」

「そう? 直言直行」


 部長の苦言にもひるまない四字熟語。俺は嘆息し、話を切り上げようとする。


「他はともかく、最後の自己チューは認めるぜ」


 俺が去ろうとすると、四字熟語が袖を引く。


三釁三浴さんきんさんよく。彼女が待ちわびてる」

「やべッ!!」


 すっかり忘れていた、灼のことを。


「おっそォーい!!」と、叫びながら走り寄る灼を前に俺は頭を抱え込む。

「いつまで待たせる気!? ありえないッ!」


 その様を、四字熟語がこれ以上ないほど簡潔に説明する。


無理往生むりおうじょう……あなたの代わりに世話してた」

「俺はこいつの飼い主じゃねェ!!」


 四字熟語にはしっかり俺たちの関係を伝えておく必要がある。

 

(一体、俺たちをどういうふうに見ているのだ?)


「帰ったら文献整理があるから、さっさと行くぞ!」


 とりとめのない気持ちを灼にぶつけて、先を急ぐ。


「回心天意。明日も会議を開く」


 四字熟語の言葉に、俺は振り向き言う。


「言っとくが、灼と設楽原したらがはらの再現をするという議題は賛成しない。なんせ畑が違いすぎて成立しないぜ?」

「あんた、まだそんなこと言ってるの!?」


 隣で騒ぐ灼はあえて無視する。


「平良」


 部長が言う。


「お互い好きな事に本気で議論できる相手がいることを『仲がいい』っていうんだよ」


 俺の無然とした面持ちに、不敵に笑う部長。


「誰かに取られても知らないぞ」


 俺は何も言わずに踵を返す。


(これ以上は付き合いきれないぜ!!)


 

 ずんずん先に進む俺の後を追いかけるようについていく灼は、急に駆け戻り、四字熟語の手を取りささやく。


「あいつの説得はまかせてちょーだい」

「……心機一転しんきいってん、期待する」

「うん! じゃあ、また明日ね」


 灼は俺の背中目指して走り出した。その灼の笑顔を見て四字熟語は呟く。


「相思相愛……。でも当人たちはまるで気づいてない」

「……ああ、まったくだ」


 部長は大きく頷き同意した。 

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