第5話 「緊急特番」

 ◇


「……マジで静かだな。へー、車も走ってないのか。まあ化け物が律儀に交通ルールを守るとは思えないし、流石に今車で出歩こうなんて思うやつはいないか」


 寿限ムは人気ひとけのない壇上町の町中で、こん棒を片手に一人呟く。


 車社会とは交通ルールを守る一般人がいてこそ成り立つものだ。ましてや今この街を徘徊している化け物は、人の姿を見れば襲い掛かってくるときた。今車で出歩くことは、ハッキリ言って自殺行為と言える。


 ……ということは、今は車は走ってこないのか。ふーん、せっかくだしこの際、車道でも歩いてみようか。普段は絶対に無理だしな! ……と思っていたら向こうから猛スピードで車が走ってきたので、寿限ムは慌てて歩道に戻る。


「……スーツ着てたな。こんな時も働くのか。あれはきっと『社畜』ってヤツだな」


 その社畜精神に敬意を表して、車道は空けておいてやるか。

 ……まあアレだ。断じてビビったからではないぞ。マジで急に車が来てビビったとか、そういうのとは絶対に違うからな。

 

「へっ、早速おいでなさったようだな緑の化け物ゴブリンさんよぉ!」


 寿限ムの視線の先には、獲物を探して町を徘徊するゴブリンの姿があった。ゴブリンも寿限ムの姿を見つけると、ニタリとした笑みを浮かべて襲い掛かってくる。

 

【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv3に遭遇しました▼】


 ──喧嘩上等! そして寿限ムはダッシュでゴブリンに近づくと、大きく振りかぶったこん棒をゴブリンに向かって勢いよく振り下ろすのだった。


 ◇


 それから寿限ムは見つけたゴブリンを片っ端から倒しつつ、壇上町の街中を散策していった。どうやら人々は屋内に引きこもっているらしく、閑散とした街中でほとんど人とすれ違うことも無かった。

 商店も基本的には休業状態で、ぽつぽつとコンビニが開いているぐらい。普段テレビを立ち見している電気屋もシャッターが閉まっていた。……ニュースが見たかったんだけどな。


 ──町には人っ子一人おらず、すれ違うとしたら緑色の肌をした化け物ぐらい。


 ……という訳で、この町は実質『化け物たちの町』と化していた。


 ◇


「……ビンゴ、駅前に来てみたけれどどうやら正解だったみたいだな」


 寿限ムは駅前のモニターを眺めながら、嬉しそうに呟く。


 画面に流れているのは報道番組の緊急特番だ。それによると現在世界各地で同時多発的に『未確認生命体』とやらが出現し暴れまわっているらしい。

 各国の対応としては軍隊が出動し鎮圧に当たっており、日本でも自衛隊および警察が対応しているとのことだが、今のところどの国も治安の回復の見通しは立っておらず、「各自で身を守る行動を」と繰り返し呼び掛けていた。


 原発付近で戦闘を繰り広げる自衛隊と化け物たちの実際の映像が流れる。10秒にも満たない映像だったが、個人的にはこれが一番興味深い内容だった。

 画面の中では専門家たちがメルトダウンの危険性について喧々諤々けんけんがくがくの議論を繰り広げている。しかし、寿限ムの興味は別のところにあった。


「……へえ、あの緑色のヤツ以外にも化け物がいるのかー。強そうだな」


 戦闘の映像の中に、見たことのない種類の化け物の姿が映っていた。


 ──全身を体毛に覆われイヌ科の動物のような頭を持つ二足歩行の化け物。

 ──武器と鎧で武装した動く人骨の化け物。

 

 そして、暗くてよく見えないが──4m以上はある筋肉質の人型の化け物。


 ……特に最後の『4mの人型の化け物』は他の化け物と比べ、格が違う強さに見えた。もちろんゴブリンなんかよりも格が違う。

 その化け物は、映像の中で一匹で自衛隊の部隊を相手取り大暴れしていた。あんな化け物がいるのだから、世界中の軍隊が苦戦を強いられているというのも納得だ。


 ……あれ、思ったより世界規模で大混乱しているけど、これって大丈夫なのか?


「……ひょっとして、人類ヤバくね?」


 ◇


「ひー、ふー、みー、よー、ほえ、ほえ、ほえ、ほえ……うん、これで15匹目か。それじゃ、そろそろ帰るかな」


 寿限ムは倒したゴブリンの数を指折り数えると、及川邸へと向かう。


 ちなみに今回は徒歩ではなく、生成したスケートボードに乗っている。「なんか板に車輪が付いてる乗り物みたいなもの」で生成したら、このスケートボートが生成されたのだった。

 実は前に街で見かけて乗ってみたかったんだよなー。そういう意味では満足なのだが、一つ文句をつけるとすれば……

 俺が街で見かけたヤツには前の方にハンドルみたいなのが付いていたんだけど、ひょっとしてこれ、別の乗り物だったりしないか……?


 寿限ムはスケートボードに片足で乗りながら、もう片方の足で地面を蹴る。そして頭の中で今日の化け物との戦いを思い返していた。


 ……ゴブリンと戦うのは、正直滅茶苦茶楽しい。それにこん棒を使うのが上手くなっているのか、こん棒で殴ったときの点数がどんどん大きくなっていて、遂に最後の戦闘では遂に点数が10を越えていた。

 正直、ゴブリンとか抜きにしてシンプルに数字が増えていくを見るだけでスゲー楽しい。10を越えた時なんかは達成感が凄かった。

 しかしそれにしても今日は『LvUP』の文字を何度も見かけたが、あれはいったい何だったんだろうか。……うーむサッパリ分からん。


 それと今日15匹のゴブリンと戦って分かった事はといえば、ゴブリンの中にも強いのと弱いのがいるということだった。

 いや、「強い」というよりは「タフ」と言い換えた方が良いか。5発殴って終わりのヤツもいれば、10発殴っても倒れないヤツもいるといった感じだ。そして面倒なことに、そいつらは外見からは判断が付かない。

 いやそもそも、どのゴブリンも同じようにしか見えないんだが……見分け方はあるのか? そのうち見つけられればいいのだが。


 ……そういえば本当にどうでもいいことだけど、今更ながらゴブリンの数え方は「匹」であっているのだろうか? 

 存在としては二足で歩くのでゴリラとかに近しいような気もするので参考になるかなと思ったが、そもそもゴリラの正しい数え方というのも知らない。


 相変わらず何も知らないなー、俺。うーむ、とりあえず匹で数えておくとしよう。


 そして寿限ムは及川邸の前までたどり着くと、門をくぐる。敷地の内部は普段とは違い、武装した黒服の集団で固められていた。

 至る所に銃、銃、銃。それも先日寿限ムが生成したような拳銃ハンドガンではなく、より大きく銃身も長い小銃ライフルを携行していた。

 今も及川邸には車が出入りを続けており、黒服が銃器を搬入している。これが黒服流の「各自で身を守る行動を」という訳だ。……まあ、普通に犯罪だけどな。


 屋敷全体にピリピリとした空気を感じる。こういう時は黒服に目を付けられないようにするのが吉というものだろう。

 ……さてと、さっさと小屋に戻るかな。寿限ムは忙しそうな黒服たちの周りを避けつつ、物置小屋に入るのだった。


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